2007年09月25日

(題詠100題2007観賞)008:種



僕萌ゆる地に降る雨は甘いだろう ガラスシャーレに種子が見る夢   (本田あや)


闇に手を拡げてをりぬ 我もまた星を集むる種族とならむ      (西巻 真)




 このお題では本田あやさんの作品がズバ抜けてるとおもいました。
 タネの一人称、それもガラスシャーレのなかに置かれたタネの一人称というとんでもない設定です。「雨」が「甘い」という感覚もいいですね。しかも、冒頭の「僕萌ゆる地」というやわらかな日本語を「ガラスシャーレ」という冷ややかなカタカナ言葉が受け止めていて、全体としてすっきりと整った印象さえおぼえる美しさで、じつに完成度の高い傑作だとおもいました。
 西巻真さんの作品は「星を集むる種族」という言葉が象徴しているものを想像させる作品ですね。
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(題詠100題2007観賞)007:スプーン

スプーンもて老婆の口元抉じ開けし我の顔つきはや凍て付きもせず     (繭)


柄の長いスプーンからのひとくちを聖なるもののように受け取る      (百田きりん)





 個人的にもかなりやりにくかったお題で、他の方々の作品を見てもいいとおもうものは少なかったのですが、この二首はいいですね。
 前の「使」の作品もその前の「しあわせ」の作品もそうですが、繭さんの作品にはギラッとした怖さ・毒のようなものがあるとおもいます(もちろんほめ言葉です)。ほんらいならこういう怖さ・毒のような部分は文学派とでもいうべき考えをもっている人が持っていなければならないもののはずなのですが、短歌は文学だと言う人にかぎって毒にも薬にもならない身辺雑記ばかり書いている人が多いのは不思議なものです。ぼくは毒にも薬にもならない身辺雑記より、圧倒的に怖さ・毒のほうを支持します。
 百田きりんさんは、作品全体のねらっている方向としては甘口のポエム風の短歌のようです。が、この作品のように輝くようなイメージを描き出す面があります。ぼくとしては甘さを排して、こういったイメージを切り出す方向にむかってほしいとおもうのですが、たぶん本人はそう思ってないんだろうな。この作品は甘さがかんじられず、美しい象徴画のような雰囲気をもっていて、すごくいいとおもいました。
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(題詠100題2007観賞)006:使



25時携帯ゲームの死天使が語る稚拙な救世手順            (奥深陸)


さやぐ身に使われおらぬ室ありて「純潔」の語はぬめり腐りつ     (繭)


君の目が流れる雲を追いはじめ椅子を使った遊びを終える       (水口涼子)


ラメ入りのマニキュア使えばこの傷もきらきらとしか痛まなくなる   (小埜マコト)




 
 奥深陸さんの作品がみょうなリアリティを放つのは、ゲームだけでなく現実世界のほうでも「死天使」はいつも「稚拙な救世手順」ばかり語るわけで、たとえばヒトラーの「ユダヤ人を皆殺しにすれば世界は良くなる」から、数十年前の日本の学園闘争の「社会主義革命をおこせば日本も北朝鮮のような地上の楽園になる」、最近の日本の「軍隊をなくせば戦争はなくなる」まで、理性的にきちんと考えれば嘘なことはわかりきっているはずなのに、その嘘の内にいると何も見えなくなるようで、そうやって「死天使」はつねに人々の盲目的な正義感や善意を悲惨な末路へと煽り・駆り立てているわけで、この作品がそういったものを象徴しているような印象を与えるからでしょう。
 前の題でも選んだ繭さんの作品は腹に響くような怖いようなリアリティのほかに独特の語り口にも魅力をかんじます。
 水口涼子さんの作品は「椅子を使った遊び」というのを、何なのかあえて説明しないところに意味深な余韻をかんじさせます。たんに子供が遊んでいるだけのことなのかもしれないし、なにか象徴的な意味をもたせているのかもしれないことをおもわせます。「椅子」とは「地位」や「権力」の象徴でもありますから。
 小埜マコトさんの作品は「きらきらとしか痛まなくなる」のフレーズがいいですね。
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2007年09月22日

(題詠100題2007観賞)005:しあわせ



真っ白きしあわせに病み不安定に座るわが内の少女は去ったか      (繭)


しあわせ? と問ふことの意味雨の日のクメール・ルージュの軍服少女   (宵月冴音)


しあわせです。僕いい子です。嘘つきです。白い部屋には白い僕咲く   (y*)





 この題はまず繭さんと宵月冴音さんの作品に圧倒的な力をかんじました。
 繭さんの作品は「しあわせ」という題にたいして「しあわせに病み」とくるあたり、それも「真っ白きしあわせ」に病んでいたというあたりに、石のような現実味をかんじ、それが去った後に何が残っているのかとおもうと、みなみならぬ苦さを余韻としてかんじます。
 ブログのほうに行ってみたところによると、この繭さんという人は短歌を書き始めたばかりの初心者のようなのですが、独特の口調のようなものをかんじます。ひょっとすると大化けする人かもしれません。(ぼくが言っても説得力はまるでないですが)
 宵月冴音さんの作品は「雨の日のクメール・ルージュの軍服少女」というのが目の前にいるようなリアリティをかんじて、「しあわせ」という言葉の軽さが嘘くさくみえてきました。
 この2つがよくて他はかすんで見えてたのですが、y*さんの作品は別のいみで印象的なセンスの良さをかんじました。空虚感のなかにストンと落ちこむようなかんじです。
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(題詠100題2007観賞)004:限



ロケットを呑み込みしより青空の内側の有限なる宇宙       (カー・イーブン)


見学の理由聞かれず小6の夏のプールは限りなく青        (白辺いづみ)





 このお題もいいとおもったものが少なかったです。なかでカー・イーブンさんの作品が群を抜いているようにおもいました。かつては限りない大きなものとして少年の心に映っていた空が、ロケットが宇宙に飛び出すことによって有限の小さなものになってしまったような寂しさをかんじます。
 白辺いづみさんの作品は、たんなる思い出を書いただけのような内容ですが、小学校のプールを覗きこんだときの水の透き通ったかんじとか、水飛沫の冷たさとか、みょうに直接的に思い出しました。ぼくは身近な事実をたんに書いただけみたいな短歌にはほとんど興味がないのですが、この作品をいいとかんじたのは不思議です。たぶん、過去の事実ではなく、そのときの「感覚」を伝えているからではないかとおもいました。
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(題詠100題2007観賞)003:屋根



月光を屋根が弾いてしまふゆゑ人間くさきわが眠りなり       (萱野芙蓉)


屋根の上をナイフ投げつつ進みゆくチャレンジャーは青天に刺された (カー・イーブン)





 この題はあまりいいと感じたものがありませんでした。とりあえず2つだけ選びましたが、それぞれの作者にとってこれがとくにいい作品なのかというと、そうでもないような気もします。
 萱野芙蓉さんの作品は題詠2007のブログで他人の作品に混ざっているのを読んでいるときは、気にはとまるもののもう一つ強い印象が残らないものが多かったのですが、作者のブログへ行って続けて読んでみたところ、ぎゃくに非常に強い印象を受けました。続けて読むことによって印象を強めるタイプの作品を書く人のようです。
 この作品では俗世界をこえた超越的なものの象徴としての月光と、俗的な自己とを対比させた表現だと解しました。これだけ読むとこれももう一つ先までいってもいい気もするのですが、同じ作者の他の作品と続けて読むとすごくいいとおもいました。
 カー・イーブンさんの作品は「青天に刺された」という表現が気に入ったのですが、前半はなんだか状況がよくわかりません。おそらく「チャレンジャー」は青空のなかで爆発したスペース・シャトルのチャレンジャー号とダブル・ミーニングになっているとおもうのですが。
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(題詠100題2007観賞)002:晴



あの晴れた朝に廃墟となる街に少女のあなたがいたのだという    (野樹かずみ)


火星まで晴れた夜空は無防備な正しさを叫ぶ 凍えてしまう     (けこ)


かたくなに折りたたまれた薄紙を午後の晴れ間にそっとひろげる   (富田林薫)





 この題でも、「始」とおなじく、野樹かずみさんと、けこさんの作品がいいとおもいました。
 野樹かずみさんの作品はちょっと意味のとりかたが難しく、「あの晴れた朝」は過去形、「廃墟となる」は未来形で、時制が一致してない気がするのです。つまり「あの晴れた朝に廃墟となった街」とか「ある晴れた朝に廃墟となる街」だと自然なのですが、「あの晴れた朝に廃墟となる街」はどこかヘンな気がします。これは何かの意図があるのか、たんなるミスなのかわかりませんが、意図したものだととることにします。時制をこえた「廃墟となる街」に閉じこめられているような「少女のあなた」が妙に印象的でした。なんだかわからないのですが、「あの晴れた朝に廃墟となった街」とか「ある晴れた朝に廃墟となる街」にすると、自然ではあっても印象は薄くなる気がするのです。
 けこさんの作品は宇宙的孤独感とでもいうような壮大なイメージをうたい切った鮮やかさが美しいとおもいました。前の題の歌とおなじく、崇高で孤絶した自然を前にした畏怖の感覚をかんじます。
 富田林薫さんの作品の「かたくなに折りたたまれた薄紙」というのは心的なものの象徴でしょう。ほんの少しの息抜きに、かたくなに折りたたまれた気持ちをほっと広げているようなかんじに解しました。美しい表現だとおもいます。
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(題詠100題2007観賞)001:始



白く残る月の気配に怯えながら無音の街を歩き始める       (けこ)


両目から砂がこぼれる魂が崩れ始めているかもしれない      (野樹かずみ)


ガラス色の薄い膜に手のひらをつけて見ている 始まらない    (黒崎恵未)


さみしさで始まる手紙僕たちは口ほどにもなくまっすぐだった   (pakari)




 
 けこさんと野樹かずみさんの作品がとくにいいと思いました。どちらもイメージが強烈で鮮やかです。現実という現象がどこか微妙なバランスのうえに存在しているだけもので、ともすれば崩壊していってしまうかのような不安感におそわれます。
 野樹かずみさんの作品は、自分の身体が得体の知れないもので、それがさらに得体の知れないものに変化していくような感覚をかんじさせます。けこさんの作品はもっと大きな自然に畏怖している感覚をかんじます。古来、月(ルナ)はルナティックの語源であるように、狂気の象徴です。
 黒崎恵未さんの作品は、どこか薄いガラス膜に閉じこめられていて、それを壊して外に出ることができずにいるような状況を象徴したもののように感じられます。みんなが「始まる」ことの歌をうたっているなかで「始まらない」ときたところも印象的でした。
 pakariさんの作品は「口ほどにもなくまっすぐだった」という言い回しが秀逸だとおもいます。自分ではおもいっきり斜にかまえてるつもりの若さのイタいかんじがよくでてるとおもいます。
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題詠100題2007を観賞してみます

 今年は他人の書かれた作品を観賞させていただこうかとおもいます。
 といっても、ぼくに他人の作品を評する能力があるのかという点にまず大きな疑問があるわけですが、選んでみることによってわかることがあるのか、他人の作品にどんなことが言えるのか、試してみるつもりで観賞してみるつもりです。
 ということで、自分の基準でいいとおもったものを、ひとつの題につき、だいたい3首前後を選ばせていただいて、かんたんなコメントなどを書かせてもらおうかなとおもっています。どこまで続くかわりませんが、とりあえず始めてみます。

 こういうふうに他人の作品を勝手に選ばせてもらうとすると、つい「自分が好きなものを選ばせていただいた」と言いたくなるのですが、それは自分のなかで禁句にさせてもらうことにします。「好き・きらい」という単なる自分の嗜好で選んだと言うことは、なんだか逃げてるような気がするのです。
 ある作品を選び、別の作品を選ばなかったというところには、なにかの自分なりの基準があるはずで、その基準は自分でもわからなかったりもするのですが、それがどんな基準なのかを自分に問いかけ、他人に示してみることが観賞することの意味のような気がするわけです。そこを単に自分の好みだとかんたんに説明してしまってはいけないような気がするのです。
 といっても、やってみてはたしてそれが見つかるのかどうかもわからないので、とりあえず気楽にやってみるつもりですが。

 作品に優劣をつける気はありませんが、だいたい上のほうに掲げさせて頂いたものが、現在のぼくがより「いいな」とおもう作品です。

 というわけで、多くの方の作品をたぶん無断で掲載させていただきますが、このような企画の一環ということで作者のかたがた、ご了承ください。
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完走報告(aruka)

 完走しました。
 今年はこの後、観賞させていただこうかとおもっています。
posted by aruka at 05:44| Comment(0) | TrackBack(1) | 題詠100題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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