2008年05月10日

『方丈記』を読んでみる

 短歌に興味をもったのもいい機会かとおもって、日本の古典というのを原文で読んでみようかとおもってるのですが、では何を読むかとなると、やはり『源氏物語』は外せないでしょう。そんなとき、たまたまブックオフで角川文庫の『源氏物語』の1巻が\105で売ってたんで、すこし原文で読んでみました。が、結果からいえば、やっぱりやめて後回しにすることにしました。
 短歌を通じて古文もけっこう抵抗なく読めるようになった気でいたんですが、『源氏物語』は難しいようです。なんていうか、文章が伝えたいことをきちんと書くのではなく、はっきりと書かずに行間からニュアンスで伝えていくような書き方をしてるような気がするのです。それはある意味、豊富なニュアンスに富んだ表現というべきで、高度な手法なのかもしれませんが、古文がようやっと読めてる程度の読解力ではこういった文章は難しいのです。といって現代語訳を読むのでは意味がないので、急がば回れで、『源氏物語』は後まわしにして別のから読むことにしました。
 そんなとき『定家明月記私抄』を読んでいて、同時代の作品ということでよく『方丈記』の名が出てきたので、『方丈記』を読んでみました。
 こっちはすごく読みやすく、ぼく程度の読解力でも現代語訳を参照にせずともするすると読んでいける文章でした。しかし『方丈記』って学校でも習ったような気もするのですが、まじめに聞いていなかったのか、こういう内容だったのかと今回初めて知ったようなかんじです。
 前半は当時の事件・天変地異など書いてありまして、後半はいわば世捨て人の独白になります。「方丈」ってこういう意味だったんですね。世の中が荒れてくると、世間を離れて小さな世界で心の平安を得るというのは、なんだか戦国時代に茶の湯が流行ったのとも通じるような気もしました。
 印象にのこったエピソードは養和の飢饉のとき、京に四万ニ千人あまりの餓死者が出たという記述が『定家明月記私抄』に載ってたのですが、その四万数千人って数はどうやって計ったのかと思っていたのですが、それがここに載っていました。あるお坊さんが餓死者をあわれにおもって、しかしあまりに数が多くてちゃんと弔うことができないので、使者の額に「阿」という字を書いて弔い、その数を数えたところ、四、五月に左京の範囲内で四万ニ千人あまりだったと書いてありました。つまり、その二月の前後の餓死者、さらに左京の範囲外の餓死者も含めると、さらに数が増えるようです。それにしても僧があふれかえる死者の額に「阿」の字を書いていく姿というのは印象的です。
posted by aruka at 04:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

福島正実『未踏の時代』を読んだ

 ブックオフで安く売っていたので、『未踏の時代』という本を買ってきて読みました。SFマガジンの初代編集長だった福島正実による、日本のSF黎明期からSFマガジンを編集しつづけた時代のことを書いた本です。
 それなりに興味深い点はあったのですが、なんだか期待と違うかんじがしながら読みました。といっても、それはぼくが勝手に期待していたことであり、それと違うからといってこの本に批判されるべき点などないはずで、勝手に期待したぼくのほうがわるいわけですが、それでもぼくが期待と違うとおもった点を書きます。
 それはファンへの視線がないという点です。
 たぶんSFというのはジャンル小説のなかでも、とくに固定ファンが多いジャンルじゃないかとおもいます。SFマガジンを創刊後数年で黒字に転じさせたのは、たぶん当時の固定ファンの増加によるところが大きかったんじゃないかと想像します。ぼくはその当時のSFファンたちがどんな作品にどんなふうに熱狂し、SFに何を求めていたのかが読みたかったのです。
 しかし、この本では当時のSFに無理解なジャーナリズムと福島正実がいかに論争し、SFを社会的に認知させようと闘ったのかは詳しく書かれているのですが、固定ファンへの視線がありません。むしろ、SFとは一部のマニアックなファンの読み物であると思われないために、もっと広い読者層に開かれていかなければならないとする立場で書かれています。たしかにそれは編集者というものの正しい在り方・意見なのかもしれません。でも、正直いうとぼくが読みたかったのは、むしろ福島正実がマニアックな一部の読者と呼んだところのSFファンの視線のほうであり、そのファンの視線にSFマガジンがどう応えてきたかのほうでした。
 こんなふうにかんじるのは、ぼくがオタク文化はなやかな現代に生きているからなんでしょうか。時代や世代の差というものなんでしょうか。
 以前、古本屋でアメリカのSFの古いアンソロジー(ヒューゴー賞などをとった作品を集めたもの)を買って読んだことがありまして、そこについていたアイザック・アシモフの前書きはいいものだったとおもいます。
 最初のSF大会というものがアメリカで開かれたときのことが書かれていました。そうすると、アメリカ各地から、ほんとに地方のど田舎みたいなところから、SFファンが集まってきたんだそうです。彼らは周囲に大好きなSFのことを語れる友人などなく、かえってSFが好きなどというとみんなからバカにされるので、隠れて読んでいたようなファンたちで、それがSF大会に行けば大好きなSFのことを共に語れる人々と出会えるはずだとおもって、それぞれ苦労しながら遠い道のりをやってきたのだそうです。
 なんだか当時のSFファンたちはそんなふうにして自分が愛する夢をつないでいたんだなとおもうと、なかなか感動的なエピソードでありました。
 ぼくはそんなふうなエピソードが読めるのかと期待してしまったわけです。もちろん勝手に期待したぼくのほうがわるいわけですが。
 その他、もっとこういうところを書いてほしかったと思う点はあるのですが、あまりないものねだりをする気にならないのは、この本が未完であり、作者の福島正実はこの本の執筆中に死去したらしいからです。どんな理由かはわかりませんが、巻末の著者欄に「1976年没」とだけ書いてありました。1929年生ということなんで、50歳にもならずに亡くなったようです。激務の編集の仕事で命をすり減らしてしまったんでしょうね。
posted by aruka at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月09日

ノックス『閘門の足跡』『サイロの死体』

 ノックスといえば『陸橋殺人事件』の人……というふうにずっと思っていました。いまになってみるとどこでそうおぼえたかも定かじゃないんですが、何となくノックスといえば『陸橋殺人事件』が、ほぼ自動的に名前が出てくる代表作じゃないかと。
 でも、今回、『閘門の足跡』と『サイロの死体』を続けて読んでみて、そもそも何で『陸橋殺人事件』がノックスの代表作とされることになったのか、そっちのほうが謎になりました。
 まあ、『陸橋殺人事件』もあれはあれでおもしろいとはおもいます。でも、どう見たって『閘門の足跡』や『サイロの死体』のほうが段違いに優れています。ぼくはこれらを読んでノックスってこういうミステリを書く人だったのかと目を開かれるおもいがしました。
 ただ、ちょっと翻訳紹介がしにくい人だったのかなという気はしました。これは丁寧に訳されて、丁寧に読んでいかないとおもしろさが伝わらない、抄訳なんかでは絶対無理なタイプの人でしょう。
 それは、エラリー・クイーンのような解決編がおもしろいタイプではなく、推理していく過程がおもしろい人だからです。
 クイーンであれば途中はいい加減に読みとばしても解決編をきちんと読めばおもしろさがだいたいわかるのに対し、ノックスの場合、そんな読み方ではいちばんおいしい部分を読みのがしてしまいます。
 それにしても黄金時代の本格ミステリにはまだまだ金脈が残っていそうで、翻訳が順調にすすんでいるのはうれしいばかりです。
posted by aruka at 02:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

平井和正の『死霊狩り』

 平井和正の『死霊狩り(ゾンビー・ハンター)』シリーズ、全3冊の、アスペクトから出た新装版の新書がブックオフで\105で売ってたんで、買ってきて読みました。こうしてマンガ家がイラストを書いた装幀で読むと、最近書かれたライトノベルみたいな雰囲気ですね。
 『死霊狩り』は前に1冊くらいは読んだ記憶があります。ウルフガイ・シリーズを読んでいたとき、どんなものか味見のため読んでみて、でもやっぱり既にお馴染みだったウルフガイの続きを読むほうがいいやとおもって、そのままになってしまったかんじです。けれど、2巻めの「あとがき」によると、当時これはウルフガイに匹敵する成功をおさめたシリーズだったそうで、たしかにあらためて読んでみると、これはこれでおもしろいですね。
 平井和正の作風はいくつかの時期に分かれるのですが、1979年に『幻魔大戦』を書き始めたあたりに大きな作風の変化があったと思います。それ以後はどれも長大な長編になり、速筆で次々に続きが出るようになり、内容の感じもかわってきます。
 個人的にはその変化する前の平井和正の作風のほうに愛着があります。ウルフガイと『死霊狩り』はその時期の平井和正を代表するシリーズといえるでしょう。
 その時期の平井和正をぼくはリアルタイムでは読んでないわけですが、当時の読者がどんなふうにこの『死霊狩り』に出会ったのか、試しにウルフガイや『死霊狩り』が書かれていた当時に平井和正が出した本をネットで調べて書き出してみます。(後に書名が変わったものもあり、また、非シリーズものの短編集は除いておきます)

 狼の紋章          1971.11   ヤング・ウルフガイ・シリーズ
 サイボーグ・ブルース    1971.12
 狼の怨歌          1972.01   ヤング・ウルフガイ・シリーズ
 死霊狩り 1        1972.12   ゾンビー・ハンター・シリーズ
 狼よ、故郷を見よ      1973.03   アダルト・ウルフガイ・シリーズ
 リオの狼男         1973.09   アダルト・ウルフガイ・シリーズ
 人狼地獄篇         1974.03   アダルト・ウルフガイ・シリーズ
 人狼戦線          1974.08   アダルト・ウルフガイ・シリーズ
 狼は泣かず         1974.10   アダルト・ウルフガイ・シリーズ
 狼のレクイエム 第1部   1975.07   ヤング・ウルフガイ・シリーズ
 狼のレクイエム 第2部   1975.07   ヤング・ウルフガイ・シリーズ
 悪霊の女王         1976.02
 死霊狩り 2        1976.10   ゾンビー・ハンター・シリーズ
 人狼白書          1976.12   アダルト・ウルフガイ・シリーズ
 死霊狩り 3        1978.01   ゾンビー・ハンター・シリーズ

 おそらく当時の平井和正作品のなかで最も読者を獲得したんじゃないかとおもわれる『狼の紋章』の2ヶ月後にはシリーズ2作めの『狼の怨歌』が出ています。しかし3作めの『狼のレクイエム』が出るのは3年半後と、読者はジリジリ待たされることになります。そんなときに『狼の怨歌』の約一年後に、読者の渇きを癒すように『死霊狩り』の1巻めが出たことがわかります。
 その後、なぜかアダルト・ウルフガイものが続くのですが、これは中短編集や長編であっても一作完結なんで、ヤング・ウルフガイや『死霊狩り』のように、この先どうなるんだろう……と思いながら続きが出るのを待つという感じのものではなかったとおもいます。
 そしてようやく『狼のレクイエム』が二冊同時に出て喜んだのもつかのま、また続きは出なくなり、そんなときに『死霊狩り』の2巻めが『狼のレクイエム』に遅れること一年、1巻に遅れること4年で登場、さらに一年ちょっとして3巻と、当時の読者にしてみれば、今度はそれほど待たされず、ちゃんと完結もしてくれた、という感じだったんでしょうか。
 この『死霊狩り』の3巻が出た翌年の79年には『幻魔大戦』が始まるので、これはこの時期の最終期の作品となります。

 たぶんこの時期は平井和正の青年期というのか、平井和正が青年・少年の貌をもつ主人公にとくに感情移入した時期だったんじゃないかとおもいます。ヤング・ウルフガイの少年・犬神明やこの『死霊狩り』の田村俊夫がその例でしょう。
 ヤング・ウルフガイの続編の『黄金の少女』(全5巻)は実に『狼のレクイエム』の十年後に書かれますが、これには主人公の犬神明が登場しません。さらに十年後に書かれる続編『犬神明』(全10巻)ではタイトルどおり犬神明は登場しますが、あんまり活躍しないし、すでに別の人といった印象があります。作者がもうシリーズ開始当時の少年・犬神明に感情移入できなくなっていたのではないでしょうか。むしろ『黄金の少女』のキンケイド署長など、中年男に作者が感情移入しているのがかんじられます。
 もともと平井和正は読者の要望に応じて器用に作品を作るタイプの作家ではなく、むしろ不器用さが魅力になっている作家ですから、作者が少年・犬神明に感情移入できなくなれば少年・犬神明が精彩がなくなり、登場しなくなってきてしまうのは仕方がないことだったんでしょう。
 ヤング・ウルフガイ・シリーズは『犬神明』で完結しますが、たしかにストーリー的にはそこで終わっているものの、内容的にいうと途中から別のものになっていた印象は拭えません。そこへいくと『死霊狩り』のほうはこの時期にちゃんと完結させておいてくれたことに感謝したいです。

 ところで平井和正が好きな作家の一人が大藪春彦であることはあちこちで読んだおぼえがありますが、この『死霊狩り』っていままで読んだ平井和正の作品中ではもっとも大藪春彦の影響を感じさせる作品でした。もっとも大藪春彦ならむしろ林石隆のようなキャラを主人公にしそうな気もしますが。
posted by aruka at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

恩田陸の本の装幀

 本が好きという人のなかには、本に書かれている内容が好きだという人と、それだけでなくて本というもの、そのものに愛着を感じるという人がいるんだとおもいます。
 最近、恩田陸の小説をハードカヴァーで何冊かまとめて読んだんですが、この人はたぶん本というものが好きな人なんじゃないかとおもいました。本の装幀がどれもすごくいいのです。
 装幀がいいというのは、単純にデザイン的に優れているという意味ではなく、こういった内容であればこういった装幀で読みたいと思うような装幀、装幀が内容をさらに印象づけ、補強しているような装幀ということです。
 今回読んだなかで、特に気にいった装幀というと『麦の海に沈む果実』ですね。この本の表紙は紫を基調としたイラストで、全体にこのイラストが内容の雰囲気を盛り上げています。この本は背表紙も良くて、背表紙にもイラストがあって文字がデザインされていて、本棚に並んでいるのを見ても雰囲気があります。全体は白い本ですが、花布(中身の背の上下両端に貼られた布のこと)が紫で、これが表紙のイラストの紫と合わせてあって良いのです。それにこの本は各章ごとに1ページぶんのイラストがあって、これがまた良い雰囲気です。なんとなく舞台の上の情景を思わせるイラストなんですが、1章ごとに「次の一幕が始まります……」といったふうに物語に引き込まれていくかんじがします。
 『月の裏側』も良いですね。こっちは黒が基調で、カヴァーも黒ならカヴァーをとった中身の装幀も黒で、オビをとって本を開くと、白いページの周囲に見える部分がぜんぶ真っ黒で、黒で縁どりされているように見えるのです。
 最近、評判になったらしい『夜のピクニック』は、これらに比べると表紙を見たときはイマイチかとおもったんですが、これは背表紙がいいですね。すごくシンプルでいて雰囲気があります。本文を読んでみると、ときどき一息つくように出てくるイラストが、内容での主人公たちも一息ついているようで、おもしろい効果があるとおもいました。
 その他にもいろいろ装幀がいい本があります。こういう装幀に作者がどこまでタッチしているのか知りませんが、これだけいい装幀が揃っていると、やはり作者自身の意図かなとおもえます。
 ぼくはかさばるハードカヴァーより場所をとらない文庫のほうが、持っているには便利だとおもっていますが、これだけこだわってくれるとハードカヴァーで持っていたい気になりますね。
posted by aruka at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

ミステリーって売れてるのか?

 クリスティについて書いたところでも書きましたが、現在、日本で売れている小説本は広義のミステリーの比率がかなり高いものの、コアの本格ミステリのファンというのは、そんなに数は多くないんじゃないかとぼくはおもっています。
 それを端的に感じるのは、国書刊行会から出ているミステリーの充実ぶりですね。
 もともと国書刊行会は一部の好事家はどんな高い金を払っても欲しがるものの、一般的に広く売れるわけではない作品を、多少値ははってもきちんと翻訳してくれることで定評のある出版社です。
 けれど、ミステリーに限れば、黄金時代の極め付きの名作といっていい作品が、けっこう国書刊行会から出ていて、それによってようやく日本語でミステリーを読んでいる人間にも黄金時代の全貌がつかめてきたところがあるとおもいます。
 例えばアントニー・バークリー(フランシス・アイルズ)なんて、国書刊行会が火を点けなければ翻訳がすすまなかった様子で、でも読んでみるとどうして未訳だったのかわからないほどおもしろいものばかりです。
 ぼくはどうしてこういうのは文庫で出ないのかと思うことが多いんです。べつに難解でもなくて読みやすいし、ふつうにおもしろいし、べつに一部の好事家だけが読むものっていう気がしないんです。どうしてこういうのが国書刊行会からでないと出ないのか、謎ですね。
 それでも翻訳されてるんだから、まあ、それはそれでいいんですが、それでも問題はなきしにもあらずというところがあります。
 バークリーなど、一冊目から順にまとめて読みたい気分にさせられる作家なんですが(今回はこの手でいこう、次はこの手でいこう……という作者の息づかいが感じられるからです)、ハードカヴァーばかりだと、全部揃えようとするとやたらに場所をとってしまいます。日本の住宅事情からすると、何冊も揃っているシリーズものは文庫のほうが(たとえ値段が高くついたとしても)ありがたいもんです。
 こういうのって、ある程度たったらまとめて文庫にならないんですかね。
 セイヤーズは文庫で出たのに、あんまり後が続いていかないで、国書刊行会や、その後に続く新樹社や晶文社などのハードカヴァーによる翻訳ミステリが充実していくのをみると、やはり本格ミステリって、あまり売れないのかなという気になってきます。
 まあ、出版関係の事情には詳しくないもんで、実際どのくらい売れているのかは知りませんが。
posted by aruka at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月17日

新本格ミステリのバカンス性

 きのう、アガサ・クリスティの人気の秘密って、余興のゲームつきのバカンスの楽しさではないかと書いたことの続きです。

 ぼくが新本格ミステリというのを読みはじめたきっかけは、綾辻行人の『十角館の殺人』の文庫を古本屋で百円ほどで買ったことでした。他の本のついでみたいなかんじで買ったんですが、これがすごく新鮮で、次々と読みはじめたわけです。
 さて、なんであのときあんなに新鮮に感じたんだろうとおもっていくと、いろいろな要素があるとは思うのですが、案外、大学のサークルの旅行中に殺人がおきるというストーリーにもその重要な一因があったのかもしれないとおもっています。
 なぜそんなことを特筆するかというと、どうもそこがあの小説の欠点だとおもっている人もいそうだと思うからです。作者の綾辻行人自身もが『十角館の殺人』は大学のミステリ・サークルのノリがそのまま出た素人っぽさがあることを、どこかで反省点として書いていたような記憶があります。
 でも、大学生の期間って、いまの日本のなかで、けっこうバカンスに近いもののようになっている気がするんです。仕事に追われることもなく、企業の論理に巻き込まれることもなく、家庭を背負う必要もなく……。だからあの、大学のサークルの旅行でおきる殺人っていうのは、余興のゲームつきのバカンスの楽しさがあったんじゃないかとおもうんです。
 それは現実の生活に足がついていない、一種のファンタジーみたいなものですから、松本清張などの社会派ミステリなどを好んで読んでいた人からすれば、その点が『十角館の殺人』の欠点とうつったと思います。たぶんそういう批判もされたはずで、じっさい綾辻行人も後の作品になると、より人間関係や殺人の動機などに社会的背景もリアルに書き込んでいったりして、『十角館の殺人』で指摘された欠点を克服し、「ミステリ小説」の「小説」の部分を充実させるように進んでいったような気がします。
 でも、個人的には、そのような綾辻行人の変化って、かならずしも好意的にばかり受けとったわけではなかったのです。本格ミステリは現実ばなれしたバカンスの余興ゲームでいいという気持ちがあったからでしょう。
 もちろん、綾辻行人の場合、変化は程度問題であって、本格ミステリとしてのゲーム性を重視していることは変わりないのですが、これが社会派ミステリのようなレベルでリアリスティックなドラマを重視するとなると、第一段階ではドラマのリアルさとパズラーの部分の現実性の無さとのあいだに不整合感がでて完成度が落ちるし、第二段階で、では、ドラマのリアルさに合わせるため、非現実的な殺人方法はやめ、犯罪をリアルなものにすることによって小説の完成度を上げようとすると、そもそもの本格ミステリのおもしろさが減少してしまう結果になります。
 それは、余興のゲームつきのバカンスではなく、実生活の側を描いた小説といえるでしょう。
 もちろんそういう小説もあってもいいし、そういう小説の愛好者もいるんだと思うんですが、それを、非現実的な絵空事的な本格ミステリから、リアルな人間ドラマを描いたミステリへ、単純に進化ととらえられるのかというと、素直にうなづけない気持ちが、たぶんぼくだけでなく、本格ミステリファンにはあるものだと思うのです。
 たぶんあのとき『十角館の殺人』を新鮮に感じたのは、無防備なまでにリアリティにこだわらない、ゲーム性へのこだわりがそこにあったからじゃないかと想像するのです。
posted by aruka at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月16日

クリスティはなんで人気があるか?

 ミステリについて、前から疑問におもっていたことがあります。
 それは、アガサ・クリスティって、なんであんなに人気があるのかということです。
 といっても、べつにクリスティの小説が人気にあたいしないつまらないものだと言いたい訳ではありません。おもしろいとおもいます。でも、いかにクリスティの小説がおもしろかったとしても、本格ミステリのコアなファンの数なんて、たかが知れてるとおもうわけです。
 けれど、例えばエラリー・クイーンとかディクスン・カーとかの作品が、そんな本格ミステリ好きに集中的に読まれている感じがするのに対して、クリスティはあきらかにもっと幅の広い読者層に安定した人気を得ている気がするのです。
 あの幅広い人気の理由は何なんだろうと、前々から疑問におもっていたのです。

 それで、何かの本を読んでいるとき(どんな作者のどの本だか忘れてしまったのですが)、その理由はバカンスの気分に満ちているからではないかと書いてあって、最近どんどん、それが正しいんじゃないかと思いはじめました。
 クリスティの小説の登場人物って、たいてい大きな家に住んでいて、召使いがいたりしてます。旅行中に事件がおきることも多いですね。それも豪華な客船やなんかで。
 それでいて、どんな職業の人だったか、ほとんど印象に残ってないんです。一言でいえば上流階級ということでしょう。
 日本のドラマなどだと、上流階級はたいてい羨望と嫌味と批判が混じった描かれかたをします。イギリスでもシャーロック・ホームズものだと、優雅な暮らしをしている英国紳士は、実はむかし植民地でアコギなマネして上流階級に成り上がった過去があって、その植民地時代の被害者が復讐しにきて事件がおきる……なんてのがよくあるパターンですね。でも、クリスティの場合はごく自然に描かれてる気がします。べつに羨望も嫌味もなく。
 となると、この人たちの優雅な暮らしぶりは、ほとんどファンタジーであって、読者はせちがない現実を忘れて一時のバカンス気分を味わえるわけです。
 でも、単なるバカンスでは退屈なわけで、するとそこに凄惨な殺人事件がおきるわけです。でも、凄惨な殺人といっても、やはりファンタジーなんですね。
 本格ミステリって、本質的にファンタジーの要素が強いような気がするんです。本格ミステリに出てくるような、トリックを使った計画的犯罪なんて、現実ではまず起きないわけで。それに、殺人の凄惨さをことさら強調したり、人間の死というものを真っ正面から描かれたりすると、本格ミステリらしい本格ミステリのおもしろさって、なくなってしまう気がするんです。
 やはり、殺人はそんなにリアルな人間の死であるよりは、どこか記号であってほしいわけで、登場人物は殺人事件に恐れおののきながらも、どこかゲーム感覚で犯人探しをする余裕をもっていてもらいたいわけです。
 だいたい、本格ミステリが他のジャンルと決定的に違うのは、この読者参加型のゲーム性をもっているという点にあるとおもいます。
 となると、この殺人事件というのは、バカンスの余興のゲームみたいなものなんですね。まあ、殺人を余興のゲームだっていったらいけないかもしれないですが、しょせん小説だし、実際クリスティの小説に出てくるような巧妙な計画殺人なんて、現実ではおきないわけで。
 もしかしたらクリスティの人気の秘密って、余興のゲームつきのバカンスの楽しさをひととき味わえるという点にあるんじゃないでしょうか?
posted by aruka at 19:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月15日

ミステリをどんなスピードで読むか

 だいたい、ある作家の作品というのは、一度にまとめて読んだほうがいいとおもっています。もっとこだわる人は、その作家の全作品を書いた順に読むのが正しい読み方だという人もいますが、そこまでしなくてもまとめて読んだほうがいいと思います。
 作家によってねらっているおもしろさとかが違いますから、最初のうちはそれを探りながら、二、三作品めからはそこに注目しながら読んでいくと、よりおもしろさが味わえるからです。
 その作家の作品を読むスピードをどうするかということも、一冊読んできめる要素です。
 本を読むスピードというのは、けっこうおもしろさを味わううえで重要な要素で、その適したスピードって作家や作品によって違うものです。
 さいきん知人が、ある作家のミステリを読んで「これ、十日もかけて読んだのに、つまらなかった」と感想をもらしてたんですが、なるほどと思いました。ぼくはその作品はかなりおもしろいと思ったのですが、それは上下巻の大長編ではあるものの、一日か二日で一気読みするように書かれた本なんです。それで、あれを読むのに十日もかけてしまったら、つまらないというのもわかるな……と思ったわけです。
 本はじっくりゆっくりと読むのが一番いい読み方というわけではありません。たしかに細部はゆっくりと読んだほうがよく味わえますが、全体の構成とか流れというのは、速読で一気に読んだほうがよく掴めるものです。ですから、細部より全体の構成で読ませる小説は、じっくり読むより、ある程度以上のスピードで読んだほうがおもしろさがよくわかるわけです。少しづつ読んでいくより、一気に読まないと醍醐味が味わえない小説というのも、とうぜんあります。
 本格ミステリの場合はたいてい、その意味からいって、一般的な本より速めのスピードで読んだほうが、よりおもしろさが掴めます。本格ミステリの本格ミステリとしてのおもしろさの部分って論理的で構成的なものだから、速読のほうがおもしろさがより掴めるんです。
 でも、たいていの本格ミステリは、本格ミステリとしてのおもしろさ以外のおもしろさを出そうとしていろいろ味つけしてありますから、その味つけ次第ではゆっくり読んでもおもしろいものもあります。
 だから、味付けに頼らずに、本格ミステリとしての仕掛けだけで勝負したものほど、速読に適しているような気がします。
 これ、長編を一冊読んだのに、内容っていったらあのアイデアだけじゃないか……とかいう感想をもったら、時間をかけて読みすぎなんですね。それは、そのアイデアを読ませるために、もっと速い軽快なスピードで読むように書かれたミステリなんです。
 味付けがしてあっても、それでも速く読むように書かれたミステリもあります。
 最近ぼくが読んだ本のなかでは、二階堂黎人の『猪苗代マジック』は、かなりの大長編なんですが、小品なんですね。それは内容が薄いとケナしているわけじゃなくて、長さは大長編であっても、小品として読んだらおもしろいように書かれているわけです。じっさい文章も速読できるような書き方をしています。章がシーンごとに分かれていて、一、二行読みおとしたらいつのまにか登場人物が別のところに行ってる、とかいうことのない書き方なんです。これをじっくりと読んで、大長編なのに中身が薄いと感じたとしたら、読むスピードを間違えてるわけです。
 個々の作家にとって、読むのに適したスピードというのはだいたい一定なんで、一冊読んでちょうどいいスピードを掴めば、二冊め以後はそのスピードで快適に読めます。だからまとめて読むといいんです。
 こんなことを考えたのは、昨日読んだ麻耶雄嵩『蛍』とか、あるいは『生首に聞いてみろ』とか、いま一つ楽しめなかったのは、作者の久々の長編というので、大事にじっくりと読みすぎたせいかと思ったわけです。やっぱりあれも、もっと速いスピードで読んだらおもしろかったんじゃないかと。
 麻耶雄嵩にしても、法月綸太郎にしても、久々に読んだんで、読むスピードのカンを忘れてたかな。
posted by aruka at 22:17| Comment(0) | TrackBack(1) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月14日

ミステリの楽しさ

 今日、麻耶雄嵩の『蛍』を読み終わりました。
 むかし、リアルタイムにはだいぶ遅れてですが、彼らのいわゆる新本格ミステリというのを集中的に読んで楽しんだ経験があります。いろんな新本格系の作家のものを、一日に一冊から三冊くらいのペースで次々に一気読みしていって、ミステリ三昧の楽しさを味わいました。
 二、三年前に綾辻行人の『暗黒館の殺人』と、法月綸太郎の『生首に聞いてみろ』、そしてこの本と、それぞれの作者の久しぶりの長編が続けて出て、けっこう期待して、おそらくすぐに3冊読んでしまうだろうと思ったのですが、意外なことに気が乗らず、一冊読んで、また忘れた頃にもう一冊と読んでいって、最後にまわした『蛍』は遅れに遅れてようやく今日読みおわることになってしまいました。(まあ、結局『蛍』は図書館で借りて読むことになったので、たまたま図書館で見つけたのが最近だったということもありますが)
 感想は、なんだか複雑です。つまらないのかといわれると、思い返してみればきちんとアイデアはあると思うし、あるレベルには達してるとは思います。
 しかし、なんだか読んでいて、以前のような楽しさを感じなかったわけです。それは実は『暗黒館の殺人』も『生首に聞いてみろ』も同じで、そのため、一冊読み終わってもすぐに次……とはいかなかったわけです。ではどこが悪いのかというと、そんなに悪いとは思わなくて、『生首に聞いてみろ』こそ、ぼくは傑作だと思っている同作者の『一の悲劇』『二の悲劇』にはおよばないと思いましたが、それでも充分に過去の楽しんだ作品の水準はいってるとおもいます。
 それなら一体なんでこんなふうに感じるのだろう、と思って考えてみると、どれも大作っぽかったからではないかとおもいあたりました。
 たぶん以前読んだ新本格ミステリの楽しさは、一晩で楽に一気に読める分量で、コンスタントにミステリのアイデアを味わえたことにあったような気がします。装丁も最初から新書版で、軽快でした。だから軽い気持ちで次々に読め、中にはちょっとイマイチだとおもうのがあっても、軽い気分でそれなら次……といけたんだと思います。
 しかし今回は長さは一番短い『蛍』で700枚、『暗黒館の殺人』にいたっては2500枚。以前の新本格は450枚平均ぐらいだったんじゃないでしょうか。装丁にしても『生首に聞いてみろ』と『蛍』はハードカヴァー、『暗黒館の殺人』は新書版ながら上下巻で異様な分厚さで出ました。それだけ彼らが出世したということなんでしょうが、長さにしろ装丁にしろ「大作」といった雰囲気で出されると、読むときにプラスアルファの要素を期待してしまいます。
 以前新本格ミステリを読んだときはミステリ(パスラー)としての楽しさしか期待していなかったし、それで満足だったのですが、大作だとやはり単純なミステリ以上の何かを期待してしまうのです。
 たぶんぼくがこの3冊をあまり楽しめなかったのは、ぼくのほうが大作風のものを期待してしまい、そのわりにプラスアルファの要素が充分に感じられず、むしろ長さのぶんだけ構成が弛緩したような印象をおぼえたからではないかと思います。まあ、長さと装丁だけで勝手に大作を期待するぼくのほうが悪いんでしょうが。
 では、彼らにそんな期待に応えるだけの大作を書いてもらいたいのかというと、そうでもなく、どうもぼくは以前の新本格ミステリのように、軽快で単純な仕掛けの、文学的にも何も凝っていない、パスラーでしかないミステリを、何冊も次々に一気読みしたいという願望があるのです。
 どうも、ぼくがミステリに期待するのは大作でも超傑作でもないようです。
 しかし、最近あんまり見かけなくなってしまった気がしますね。ああいう小粒で楽しいミステリらしいミステリというの。流行らなくなってしまったんでしょうか。
 最近読んだ新しい作家のものでは、石持浅海の『月の扉』と『扉は閉ざされたまま』が、ちょっとタイプは違いますが、軽快に一気読みできる軽量級のミステリとしておもしろかったですけど。この石持浅海は評価が高いようですが多作ではないんで、後を追う似たタイプの作家も出てきてくれないかな。
posted by aruka at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミステリにとっての1930年

 ぼくは歴史を趣味にしていますが、たいがいの歴史好きな人はそうだと思うのですけども、学校で行われているような年号の丸暗記のような勉強法をばかにしています。年号を正確に暗記することは、歴史を知ることとはほぼ無関係だからです。
 でも細かく年号を見ていくと、年号のおもしろさというものも感じることがあります。最近ぼくがそんなことを思ったのは、古い、いわゆる黄金時代の推理小説を読んでいるときでした。
 ミステリーの黄金時代というのは1920年代といわれています。シャーロック・ホームズ以来どちらかといえば短編連作で人気を得ていたジャンルだったミステリーが、1920年代に入ると続々と優れた長編が書かれ出すからです。つまりミステリー長編の骨法みたいなのができあがったのがこの頃といったらいいでしょうか。
 その黄金時代のミステリー作家のなかでもとくにパズル小説としての、つまり論理的な謎解き小説としての面白さを極限まで追求した作家がエラリー・クイーンだと言われています。
 クイーンは1929年にデビューしています。まさに黄金時代といわれる1920年代の最後に、それまでのミステリー作家のいい部分を吸収し、成果を踏まえてミステリー小説を書き出したわけです。
 しかし正直いうとぼくはエラリー・クイーンはたしかにパズラーとしてはおもしろいのですが、小説としては書き方が下手なようにみえるのです。それも、かなりド下手にかんじるのです。いったい何でぼくがそんなにクイーンの小説が下手に感じるのかと考えてみると、おそらくぼくが映画ファンであり、小説を読むときもなんとなく映画的な表現を基準にしてみているところがあるからではないかと思いました。
 二十世紀の小説が映画からかなり大きな影響を受けていることも事実だと思います。ところがエラリー・クイーンの小説はまったく映画的ではなく、むしろ演劇的な雰囲気がするのです。そのへんの違う感じが、ぼくが上手いと感じる小説の書き方とは違う書き方をするクイーンを下手にかんじさせていたのではないかと思うのです。
 さて、黄金時代の最後を飾ってデビューしたエラリー・クイーンは、しかしアメリカの正当派本格推理(パズラー)の作家としては、ほぼ最後の作家ともいわれています。エラリー・クイーン以後のアメリカでは、彼のような作家は姿を消していき、かわりにハードボイルドが主流になってきます。奇しくもエラリー・クイーンがデビューした1929年は、ハードボイルド派の先駆けであるダシール・ハメットがデビューした年でもあります。
 ハードボイルドというと日本では誤解されている向きもあるような気がするのですが、というのは、ハードボイルドというと渋い中年の探偵が出て来て、酒や拳銃や男のダンディズムにかんするこだわりを語りながら、ときには血みどろのアクション・シーンなどが出てきたり……するような小説みたいに思っている人も多いような気がするのですが、それは「日本」といわれると「フジヤマ、ゲイシャ、スキヤキ」と答えるようなもので、まあ完全に間違いとはいえないんですが、少なくとも本質的ではありません。
 ハードボイルドの探偵役は、たしかに渋い中年の場合もありますが、べつに若くたって女だって老人だってかまいません。拳銃を持たず、酒も飲まない探偵でもいいのです。そういう作品もあります。ハードボイルド派の特徴とは、探偵が行動することによって事件の謎が少しづつとけていくという構成にあります。
 ぼくはハードボイルドとは映画の影響を受けたミステリーだと思います。
 つまり本格推理と映画とは相性が悪いのですよ。探偵役とワトスン役が椅子に座って論理をこねくりまわしてたって、映画としては少しもおもしろい映像表現にはなりません。映画とはスチュエーションや動き、人物の行動などによって、映像によってストーリーを表現していくものであり、座ってしゃべってるだけではつまらないのです。探偵役には行動してもらわないとおもしろくない、次々に違う場所に行き、いろんな人に会い、いろんな事件に遭遇してもらわないとおもしろくないわけです。そしてまさにそのようにしたミステリーが、つまりハードボイルドです。
 けれども、パズラーの魅力というのは、むしろ椅子に座ったままひたすら論理をこねくりまわすところにあるのです。どんな場所へ行こうが、どんな事件に遭遇しようが、そんなことよりも論理的な推理にこそ本格推理小説の魅力があるわけです。つまりエラリー・クイーンのようなパズラー作家は、あるいは演劇的表現とは相性が合ったとしても、映画的表現とは決定的に相性が悪いのです。
 そして、そのようなパズラー型のミステリー作家は、エラリー・クイーンを最後にアメリカから姿を消していき、ハードボイルド派に塗り代わっていきます。なんで1930年代に入るとパズラー型の作家は出なくなったんでしょうか。
 それは多分、1930年にハリウッド映画がすべてトーキーになることと関連があると思います。トーキーの技術は1920年代後半には出てきはじめていたのですが、これが人気があったので、1930年からハリウッドは新しく作る映画はすべてトーキーにする決定をするのです。
 つまり、映画がサイレントだった時代はエラリー・クイーンのような演劇的な雰囲気の小説を書く作家も充分やっていけた。しかし、映画がトーキーになって言葉を得ることにより、映画の影響力が圧倒的になって、人々がミステリー小説にも映画的なおもしろさを求めるようになったのではないでしょうか。
 そのため、クイーンのようなタイプの作家がアメリカから出てこなくなったのではないでしょうか。でも、逆にいえば、それこそがクイーンがいまも読まれ続ける作家である理由だともいえるのですが。
 映画がトーキー化した1930年という年号が、ミステリーにとっても大きな分水嶺になった気がします。
posted by aruka at 02:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

秩序の魔術性



 巖谷國士の『シュルレアリスムとは何か』(ちくま学術文庫)という本を読みました。これはシュルレアリスムとは何かについて解説した本だと期待して読むと肩すかしを食うでしょう。内容は巖谷國士の三つの講演を収録したもので、テーマはそれぞれ「シュルレアリスム」「メルヘン」「ユートピア」であり、つまりシュルレアリスムについて書いてあるのは3分の1だけで、しかも自動筆記とは何かの説明が大部分であり、あまり網羅的な解説は期待できません。だいたいこの書名も編集者のほうの希望でこうなったようです。
 でもまあ、「ユートピア」の部分がいちばんおもしろかったので、個人的には結果オーライです。
 さて、「ユートピア」とは当然トマス・モアの『ユートピア』に登場するものですが、西洋にはこれ以外にも「ユートピア文学」とでも呼ぶような一連の作品の系列があります。
 この「ユートピア」というのは日本では誤解されているむきもあるのですが、いわゆる楽園とか桃源郷といったものではありません。それは「理想社会」とでもいうべきもので(たとえばモアの『ユートピア』ではそれは国家、カンパネッラの『太陽の都』では都市……などという違いはあるのですが)、理想的な秩序の整った社会のことなのです。つまり「ユートピア」には法律があり、各種の社会制度があり、住人たちは各種の仕事についており、とうぜん軍事力も有しています。
 巖谷國士は、これらは理想的な社会とはどういうものかの考察から生まれたもので、プラトンの『国家』に端を発して、そのモアやカンパネッラを経て、サド、フーリエ、そしてオーウェルの『1984年』やザミャーチンの『われら』、ハックスリーの『すばらしき新世界』などのアンチ・ユートピア小説へと系譜を描いていき、これを西洋文化のなかでずっと続いている伝統とみます。
 ぼくはそういう見方もあるのかと興味深かったわけです。というのもぼくも以前、ルネサンスの頃に「ユートピア」がいくつも構想されていたことに興味をもったことがあって、でも、ぼくのなかではそれとオーウェル、ザミャーチンらのアンチ・ユートピア小説とは別物だとおもっていたからです。

 ぼくが以前「ユートピア」に興味をもつきっかけになったのはペルジーニの『哲学的建築』(ありな書房)という本で、この本にはルネサンス期の「ユートピア文学」の例として、トマス・モア、カンパネッラの他に、(『シュルレアリスムとは何か』には書いてませんが)薔薇十字で有名なアンドレーエの『クリスティアノポリス』、フランシス・ベーコンの『ニュー・アトランティス』、ドーエの『賢明かつ愚かな世界』、パトリツィの『幸福な都市』、アゴスティーニの『空想の共和国』などが上げられています。(もっともアンドレーエ以下はぼくは読んだことはなく、翻訳されているのかどうかも知りません)
 そして、これらに影響を与えた存在として、プラトンの『国家』のほかに『ピカトリクス』という本があげられています。この『ピカトリクス』という本はアラビア起源で作者不詳のようですが、ルネサンス期にはヘルメスの著作ではないかとみられていたようです。
 ヨーロッパではプラトンや異教的なものは中世まで弾圧されていたので、ルネサンス期の新プラトン主義やヘルメス主義のブームにのってこれらの本が翻訳され、読まれ、影響を与えて一連の「ユートピア」が構想されたのでしょう。
 さて、ぼくがこれらルネサンス期に構想されたユートピアがオーウェルらのアンチ・ユートピア小説と別物ではないかとおもう理由は、ルネサンス期のユートピアとはほとんど実現性が無いということです。
 たとえばカンパネッラの『太陽の都』ですが、占星術をもちいた各種の社会制度というのは、まあ彼がそれを信じていたんだとおもえばそれでいいのかもしれませんが、同心円状に何重もの塀が囲んでいる都市というのはあからさまに住みにくそうだし、わざわざ手間をかけて住みにくくしてるとしか思えません。ほんとうにカンパネッラはあのような都市が理想的な社会だとおもっていたんでしょうか。そんな場所に住みたかったんでしょうか。
 ぼくにはむしろ、あれはヘルメス主義の宇宙観の具現化だったようにおもうのです。都市を同心円状に囲む何重もの塀というのは、どうみてもルネサンスまでヨーロッパでイメージされていた階層宇宙の具現化でしょう。つまりこれは具体的に住むことを考えていた都市ではなく、魔術的な行為として構想された理想都市であり、聖なる社会システムだったようにおもうのです。
 これは最近ぼくがおもっていたことなんですが、現在「秩序」というと堅苦しい社会ルールのように感じるかと思いますが、古代から中世あたりの社会においては「秩序」というのはそれ自体が魔術的・呪術的な力をもっていたんじゃないかと想像するんです。
 社会が混沌として無秩序で、不正や暴力がまかりとおっていた時代には、ある理想的な秩序を心のなかにイメージすることが、それ自体として力を生み出す行為だったのではないでしょうか。
 つまり、『太陽の都』に登場する理想都市といったものは、カンパネッラの胸のなかに描かれた世界=都市の原型というべき聖なる都市であり、カンパネッラも現実の都市を、例えば理想に少しづつでも近づけていくために同心円状に塀を作っていこうなどとは考えてなかったとおもうのです。
 いっぽう、アンチ・ユートピア小説における「ユートピア」とは、論理的な批判の対象となっている現実的なものであり、そこに違いがあると思います。おそらくフランス革命からマルクスを経験することによって、ヨーロッパ人にとっての社会というものへの意識が変わってきたのではないでしょうか。
 でも、この巖谷國士の『シュルレアリスムとは何か』で紹介されているサドの『食人国旅行記』やフーリエは読んだことがなかったので、その間をつなぐものとして、どんなものになっているのか、これを読んでて興味がわきました。




 さて、先述した魔術的・呪術的な意味をもった「秩序」といったときに、ぼくはギリシアのパルテノン神殿を思い浮かべます。
 あれはどういう建物かといえば、まず大抵の人にイメージされるのは、丘の上に立つ何本もの柱でしょう。もちろん柱の内側には壁もあるはずですが、何より等間隔で直立する白い石柱のイメージが強いです。そしてあのように丘の上に立っていれば、あの石柱は遠くからでも輝かしく見えるでしょう。
 たぶんあの等間隔で直立する柱というのが、ぼくには人工的な秩序のシンボルの原型のような気がしてるのです。自然状態では、あんなふうに直立する柱が等間隔で並ぶということはないですから。
 ぼくがなんでそんなふうに「柱」にこだわるのかというと、万葉集をみていたとき、「宮柱 太敷きませば」という表現を見つけて興味をおぼえたからです。巻一の36番の柿本人麻呂の長歌です。全体を引用してみます。

  やすみしし わご大君の 聞し食す 天の下に 国はしも 多にあれども
   山川の 清き河内と 御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱 太敷きませば
   ももしきの 大宮人は 舟並めて 朝川渡り 舟競ひ 夕川渡る
   この川の 絶ゆることなく この山の いや高知らす 水激る 瀧の都は 見れど飽かぬかも

 これは吉野行幸の際につくられた歌のようで、当時、天皇の吉野行幸は一大イベントであったそうです。解説によるとこの「宮柱 太敷き」という語句は祝詞の句の応用だそうです。
 当時の吉野の「宮」というのがどのようなものだったのかわかりませんが、「宮」を形容する語句として「柱が太い」というのは現代人の感覚からすると奇妙なかんじがして印象に残ったのです。ふつう京都や奈良にいって寺院などを見たとして、柱が太いことに感動する現代人というのはまずいないような気がするのです。
 と、おもっているとすぐ後の45番の歌でも「太敷かす 都を置きて」という語句があります。これも柿本人麻呂の有名な安騎の大野へ冬狩に行くときの長歌ですが、これに至っては「都」を形容する語句として、「太敷かす」という語句が出てきます。もっともこちらは「柱」とは書いてないので、祝詞の「宮柱 太敷き」という表現から転じて、いわば太い柱のように天皇がしっかりと都を治めているという意味かもしれません。
 そういえば、一連の靖国神社をめぐる報道のなかで、靖国神社ではまつられている英霊の数を「一柱、二柱……」というふうに数えることを知りました。ぼくは神道は詳しくないのですが、どうも「柱」というのには特別な意味がありそうです。
 そんなわけで、この「太敷き」という表現に興味がわいてきたとき、ネットで万葉集のなかの歌を語句で検索できるサイトを見つけまして(ここです → 「http://infws00.inf.edu.yamaguchi-u.ac.jp/MANYOU/manyou_kensaku.html」)、ここで「太敷」で検索してみました。と、前記の36、45番のほか、167番、199番、1050番の計5つの長歌がヒットしまして、最後の一つを除くとすべて柿本人麻呂の作でした。(1050番だけは巻6の田辺福麿という人の作です)
 なんだか、何気なく検索してみたら、柿本人麻呂ばかりという結果にもみょうに興味がわいてきました。どうも洋の東西を問わずに、直立した柱というものに、自然=混沌に対立する人工的な秩序、聖なる秩序の象徴をみる感性というのがあるんじゃないでしょうか。

 考えてみると、韻律をもった詩というのも、いわば「秩序をもった言葉」といえます。長方形になるように配列した「漢詩」とか、もちろん日本の短歌・長歌もリズムにおいて「秩序」があるわけで、「秩序」があることによってそれ以外の言葉と区別されているわけです。
 韻律をもった詩というのが神にとどく言葉だとされ、神聖なものとされてきたのは、それが「秩序をもった言葉」だからではないでしょうか。
 ちょっと、このへん、引きつづき考えてみたいテーマです。
posted by aruka at 00:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

塩野七生『ルネサンスとは何であったのか』

 塩野七生の『ルネサンスとは何であったのか』を古本屋で買ってきて読みました。2001年に新潮社から出た「塩野七生ルネサンス著作集」の第一巻です。この著作集はだいたい以前出たものをまとめたもののようですが、この第一巻は初出など書いてないところをみると、この頃新しく書き下ろされたものなんでしょうか。よくはわかりません。
 塩野七生といえばいまでは古代ローマ関係の著作のほうで有名です。おもしろいとよく人に勧められもするのですけど、実はいまだに読んでなく、ぼくがいままでに読んだ塩野七生の本はすべてルネサンス関係のものです。
 というのも、ぼくの歴史への興味というのは、いまここにいる自分への問いかけ、自分のものの考え方や、いまの時代がどうやって出来上がってきたのかへの興味だからです。
 そのような興味で歴史をみると、日本の歴史とならんで西欧の歴史には興味をもたざるをえないのです。映画、音楽、小説など西欧発の文化に親しんでいままで生きてきたのだし、政治や経済など含めて西欧発のアイデアや仕組みで、いまの日本の大きな部分が出来上がっていると思うからです。
 だいたい、ほんの五十年ほど前までは世界中のほとんどの地域は西欧文明によって侵略・支配された植民地だったのですから、そのような良きにつけ悪しきにつけ、強力な影響力をもった文化にたいして、興味をもたざるをえないのです。
 そして西欧文明に興味をもち、なぜ西欧が西欧になったのか、いつヨーロッパはヨーロッパになったのかを考えたときに、ルネサンスあたりが起点じゃないかと思うのは普通の発想でしょう。なぜなら、ルネサンス以前のヨーロッパはあきらかに文化的な後進地域であり、イスラム圏のほうが文化が進んでいたからです。いま「奴隷」というと黒人奴隷が白人社会に売られていたというイメージがあるでしょうが、ルネサンス以前はヨーロッパの白人のほうが奴隷としてアフリカの黒人社会に売られていたといいます……。
 そんなふうにルネサンスをヨーロッパ文明の重要な時代と考えると、ルネサンスは当然、いまここにいる自分に強くかかわってくる問題です。けれども古代ローマはそうじゃないのです。ギリシャ・ローマ文明はいわば終わった文明であり、その時代に書かれた書物や遺物などが後に影響を与えたという程度のことでしかないのです。だから、みんなが勧めるように塩野七生の古代ローマ関係の本は読めばおもしろいのかもしれないのですが、それは読むとすれば単に娯楽として読むだけで、ぼく自身が興味をもっている問題とは関係ないので、後まわしになっているのです。

 それで、いままで何冊か塩野七生のルネサンス関係の本を読んできて、そして今回、この本を読んでとくに強く感じた感想はというと(こんなことをいうと、おまえは何様だとファンに怒られそうな気もするのですが)、塩野七生はけっきょくルネサンスが、そしてヨーロッパというものがわからなかったのじゃないのかという感想です。
 塩野七生は「なぜ古代のローマに関心をもったのか」と聞かれると、「ルネサンスを書いたから」と答えると書いています。そして、それはたしかに塩野七生のルネサンス関係の本を読んでいると感じられるのです。
 つまり「こういうことはルネサンスに始まったといわれているけど、実はもっと前からあった」とか「ルネサンスはこんなことが盛んだったといわれているが、実はもっと前のほうが盛んだった」というような書き方が、塩野七生のルネサンス関係の本には多いのです。もっと前からあった、もっと前のもののほうが優れていた……と書きつづけて、ついには古代ローマにいたるのですから、それは塩野七生の考察の結果としては道すじがよくわかるのです。
 しかし、そこで抜け落ちてしまうのは、この本のタイトルになっている『ルネサンスとは何であったのか』ということです。といってももちろん塩野七生がそれについて書いてないわけじゃありません。どんな時代で、どんな人物が活躍したのかなど、丁寧に調べられて書いてあります。しかし、ぼくが関心があるのは、そして多分、ぼく以外でも多くの人が関心があると思うのは、ルネサンスとはどんな人物が活躍したどんな時代だったのかを時代劇的興味で見ることではなく、なんでルネサンスにおいて西欧は大きな変革を遂げ、今に至るヨーロッパが生まれたのかということです。
 塩野七生の本を読んでいると実はルネサンスには西欧はそんなに大きな変革を遂げたわけでもないといっているような気がしてきます。だとしたら、興味があるのは、いつ、どうして変革を遂げたのかということです。
 たしかにルネサンスがヨーロッパの重要な変換点だったということは、もしかしたら間違った学説である可能性はあります。しかし、ルネサンス以前には文化的後進地帯だったヨーロッパがやがて世界中で侵略や文化破壊をくり返し、ついには世界中のほとんどの地域を自分たちの植民地としたことは厳然たる事実であって、間違った学説である可能性なんかありません。だとしたら、ヨーロッパはやはりどこかで大きく変わったか、少なくとも大きく発展したはずなんです。
 どうも塩野七生のルネサンス関係の本を読んでいると、丁寧に書かれてはいるのだけど、問いの立てかたや興味の対象が根本的に違う気がして、隔靴掻痒感があるのです。もっともそれはぼくの興味と塩野七生の興味が違うというだけのことで、べつに塩野七生を批判すべきことでもないのでしょうが。
 ぼくとしては塩野七生のルネサンス関係の本を何冊か読んでわかった最大の収穫は、塩野七生のようなものの見方をしていたのではルネサンスやヨーロッパは理解できない……という実感でした。それはもちろんぼくの興味の持ち方でいくと理解できないというだけで、塩野七生は塩野七生で、あれはあれでいいんでしょうけど。
posted by aruka at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

雫井脩介の『犯人に告ぐ』を読んでおもったこと

 雫井脩介の『犯人に告ぐ』という本を読みました。何年か前の文春とか「このミス」とかの年間ランキングに入っていた本で、ぼくはああいったランキングは基本的に信用していないのですが、一冊も読んでいない作家が顔を出していると、試しに読んでみようかな、と思うところがあって、この雫井脩介という人もいままで一冊も読んでなかったので読んでみたわけです。
 で、読んでみて、ちょっとへんなおもしろさを感じました。
 これは警察小説なのですが、ぼくはどうも警察小説はあまり好みではないらしく、いままでそれほどおもしろいと思ったものはありません。そんな理由からかこの『犯人に告ぐ』も作品全体としてはどこかピンとこない、まあ、こういうもんかな……という程度の印象しか持てなかったのですが、それとは別に第一章の部分がめちゃくちゃおもしろかったのです。
 とくに警察官である主人公が記者会見の場で不用意な発言をしてしまって大失敗を犯してしまう場面ですが、その記者会見でのやりとりというのが、なんだか既視感があるというか、ずばり言えばぼくには以前、雪印の事件で責任者が「昨日から寝てないんだ」と不用意な発言をしてしまった、あのやりとりを思い出させたのです。
 あの報道をなんとなくテレビで見ていて、ぼくには雪印側の「寝てないんだ」という発言はいかにも不用意な発言な気がして、それに応じて自分たちだって寝てないんだ! と言い返した記者の発言のほうが正しいような気がしてしまっていたのですが、この小説の第一章で取材を受ける主人公の側から、つまりあの事件でいえば雪印の側から描かれた記者会見のやりとりを読むと、全然違った見えかたがしてきたのです。つまり、あの事件でいえば雪印側のほうが正しく、記者側がおかしいと……。
 それはぼくが読者として、主人公の側に感情移入しながら読んだからではないと思うのです。つまり、ぼくの報道被害というものに対する認識が甘く、事態が理解できていなかったんだという認識をさせられたのです。

 それはこういうことです。
 つまり、あのような事件で、事件をおこした組織側の責任者が「寝てない」というのと、それを取材する記者が「寝てない」というのとはまったく意味が違うとわかったわけです。
 それは単純にいえば、記者にとって記者会見で質問をし、情報を聞き出すことは仕事であるが、取材を受ける組織側の責任者にとっては記者会見を開くことは直接的には仕事ではないということです。
 つまり、事件をおこした組織側の責任者というのは、その事件が発覚すればすぐに事態の対処にあたらなければならないわけで、事実関係を調査し、それにどのように対処するのか、決定し、指示し、手を打っていかなければならないわけです。それが重要なポストの責任者であれば責任者であるほど、おこった事態への対処にてんてこまいするはずです。
 もちろん、そのな事件をおこすに至った管理上の責任は彼にあるのでしょう。が、そんなことは後できちんと責任をとればいいことであり、現在おこった事態にどう対処するかが最優先事項であり、いわば彼にとってはそれこそが最優先するべき仕事なはずです。
 とはいえ、もちろん起こった事態にたいする説明責任は果たさなければなりませんから、記者会見は開くべきでしょう。そして、大忙しななかから何とか貴重な時間を捻出し、記者の取材を受けるのも責任者としての義務でしょう。
 しかし、手みじかに現在わかっていることを報告したら記者会見を早めに切り上げ、現在大忙しである本来の業務に戻りたいというのが本音でしょう。組織が大変なときに、重要な責任者がいつまでも記者会見に拘束されていていないのでは、さまざまなところに差し障りが出るはずですから。
 あの雪印の事件で(ぼくは事実関係はよく知りませんが、多分想像するに)あの責任者が「寝ていない」と発言したのは、彼はそんな事態に対処する仕事に忙殺されて寝る時間もなかったのであり、記者会見を切り上げてまたその業務に戻らなければならないからこそ、記者会見を切り上げて、食い下がる記者に「寝ていない」と発言したのでしょう。
 しかし、記者が「寝ていない」のはまったく意味が違います。記者が「寝ていない」のはスクープを他社に出し抜かれるといけないという自分の利益だけからで、実際のところ、記者がゆっくり寝て、少し遅れて報道したところで、おきた事件や被害者には何ら影響はないのです。べつに差し迫った必要性があるわけではありません。
 記者たちは単に自分たちのエゴから組織側の責任者に食い下がり、ああいった記者会見で根ほり葉ほり質問して長時間拘束して逃さず、責任者が無理やり記者会見を早めに切り上げようとすると、正義を振りかざしていっせいに非難します。それがあの「自分たちだって寝ていない」発言につながったのでしょう。
 しかし、あのような状況で、責任者といはいえまだ事態が完全にわかったとはいえないタイミングで根ほり葉ほり質問しても得ることはないばかりか、記者会見を長引かせ責任者を長時間拘束することは、むしろ事態への迅速な対処を遅らせ、的確な対処を滞らせる可能性が大きいはずです。
 つまり、記者たちは正義顔をしながら、実は自分たちの利己的な要求ばかりを主張して事態を悪化させているだけなんじゃないか。この本を読んでいてそう思えてきたのです。
 どうも、こらからテレビで記者会見などを見たときの感じかたが変わりそうです。
posted by aruka at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

本格ミステリについて思ったことをすこし

 ぼくはときどき本格ミステリが読みたくなり、何冊もまとめて読みます。最近もまたその時期に入っています。そんなわけで本格ミステリについて、最近少し思ったことを書いてみます。

 日本の本格ミステリというと、80年代末から綾辻行人をはじめとした新人が次々と出て「新本格」と呼ばれるブームをつくったわけですが、ぼくは(実はリアルタイムで読んでたわけでもないんですが)けっこうこの「新本格」が好きでいろいろ読んでた時期がありました。
 この「新本格」は出てきたときは、それまでのミステリ作家・読者から「人間が描けていない」などとさんざん叩かれたんだそうですが、いまになってどうしてぼくがこの「新本格」を好んで読んでいたんだろうと考えると、どうもその「人間が描けていない」ところが好きで読んでいたような気がします。
 というと、何でそんなところが魅力なんだと思う人もいると思うので、少し説明してみます。
 本格ミステリというのは何かというと、本格ミステリといっても実はいろいろな種類があるのですが、必要な要素としてはまず謎があり、手がかりをもとに論理的に謎を解いていく、その論理を楽しむ小説だということができると思います。つまり謎があって、それがラストで解決されるのだとしても、解決のされかたに論理性がなければ本格ではありません。つまり論理を楽しむ小説なわけですから、いちばんの「売り」の部分が欠けていれば、それは違うものなわけです。例えばアクション俳優が主演しても、アクション・シーンが1シーンもなければ、アクション映画ではないというのと同様です。
 では、その論理が楽しめればいいのかというと、それだけだと読者がかなり限られてしまうので、さまざまな他の小説的なおもしろさでふくらませることになります。「人間が描けて」いるかどうかというのも、この小説的なふくらみの要素といえるでしょう。
 とはいえ、一口に「人間が描く」といっても、これは小説の永遠のテーマというか、あるいは小説以外の芸術ジャンルでも永遠のテーマであるようなことなんで、「人間が描けている」小説というのがどんなものなのかというのは、そう一口で言えるものではありません。
 でも、「新本格」以前の本格ミステリで「人間が描けている」というのがどういうことなのかというと、どうも犯人が犯行に至るまでの動機の部分で、きちんとした人間ドラマが描けているかということを言っているような気がします。つまり、犯行の動機を適当に図式的に作っただけではドラマチックではなく、犯罪の捜査をとおして、その背後に隠れた人間ドラマが明るみになっていく……ようなミステリを、「新本格」以前の本格ミステリでは「人間が描けている」といっているのではないでしょうか。「新本格」以前の本格ミステリをいろいろ読んでみるとそんな気がするのです。
 でも、そこで難点となるのは、現実の殺人事件では理性的な犯人が計画的に殺人をおかすという、本格ミステリに登場するような殺人のケースなんてまず無いということです。つまり、本格ミステリで扱われているようなタイプの犯罪なんて、もともとほとんどリアリティのないものなのです。
 でも小説の都合上、そのような現実的でない事件がおこってもらわなくては困るわけだし、さらにいえば犯人だけでなく数人の容疑者も理性的に被害者を殺すような人間であり、その動機があるのが望ましいわけです。これはどう見ても不自然なドラマにしかなりません。
 そんな不自然さをおして、強引にでも殺人に至るドラマを作っていこうとすると、たいていドロドロした痴情ドラマ、わざとらしく通俗的で激情的なメロドラマ風のようなものになりやすいのです。
 もちろんこのドロドロ痴情ドラマが好きな人もいるのでしょう。テレビの二時間ドラマだと本格ミステリが原作の場合でも、その本格ミステリ的な部分が抑えられ、ドロドロ痴情ドラマの部分ばかりが強調されたものになっています。たぶん、それを好んで見る人が多いのでしょう。
 でもぼくはそんなドロドロ痴情ドラマが好きじゃないのです。本格ミステリは謎が論理的に解決されていく過程さえきちんと作られていれば良くて、動機なんて図式的でいいし、そんなところでドロドロした通俗メロドラマをやってほしくないのです。最後にわざとらしい「泣かせ」など入ると、かなりうんざりさせられることも多いです。
 そもそも本格ミステリの魅力というのは、論理とか、数学的な手つきにあるんであって、ドロドロ人間ドラマとは水と油のように馴染まないと思うのです。本格ミステリにドロドロ痴情ドラマの要素を加えていけば、そのぶん数学的・論理的なおもしろさに齟齬がでてくる気がするのです。
 ぼくが「新本格」以前の、あるいは、それ以後も書かれているそういったタイプのミステリを読んで感じるのはそういった不満であり、つまり、読んでいるときは面白く読みすすでいった場合でも、終盤のドロドロ人間ドラマが明るみに出てくるあたりで嫌になってきて、読後感がすごく悪いのです。
 ぼくが「新本格」に新鮮な魅力をかんじたのは、そんなドロドロ人間ドラマとは無縁に、ミステリ本来のおもしろさだけを味わわせてくれたからのようです。
 ぼくの意見を言わせてもらえば、本格ミステリにおける人間の描かれかたなんて、いわゆるキャラをたてる程度で充分で、動機なんて図式的で充分(どうせ不自然なのに決まってるんだし)、事件の背後にあるドロドロした人間関係のドラマなんてできるかぎり描かないでほしいのです。
 こんなふうに感じるのって、ミステリ読者のなかでも、かなり少数派なんでしょうかね?
posted by aruka at 18:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月15日

小林よしのり『戦争論3』を読んでみる。

 小林よしのりの『戦争論3』を古本屋でみつけて、読んでみました。このシリーズ、古本屋で安めの値がついてから読むので、いつも遅れて読むことになります。
 感想ですが、今回は「気持ちはわかるけど、その理屈は通らないよ……」と思った部分が多かったです。
 例えば、イラク攻撃のとき、小泉首相がブッシュの攻撃の決定にすぐに賛同を示し、自衛隊を派遣した批判するのですが、たしかにブッシュは間違っているとは思うし、主体性もなく何でもアメリカ追従の(小林氏いうところの)ポチ保守を批判するのは共感できるのですが、あの時点でも日本では多少でも思考能力がある人は、ブッシュが間違っていることは前提としたうえで、それでもアメリカ追従で行くか否かで語っていたはずです。
 しかし、あの時点で日本にアメリカに追従しない選択なんてあったのでしょうか。
 アメリカに追従せずに中立の立場を守るのであれば、紛争の両方の側の軍事活動にいっさい協力しないことが鉄則です。つまりアメリカに軍事基地を提供し、沖縄からイラクへと戦闘機が飛び立っている状況があるのに、日本の首相が中立などと言い出したらそれこそダブル・スタンダードであり、誰からも信用されなくなります。
 アメリカに反対し、中立の立場で行こうとするなら、安保条約を破棄し、アメリカ軍に日本の米軍基地からの即時撤退を要求し、実施させなければならないでしょう。しかし地政学上でみればアメリカの軍事展開にとって日本、とくに沖縄が重要な拠点であることはあきらかで、アメリカがさいですかと日本から立ち退くとは思えません。となれば、日本は軍事力を用いてアメリカ軍を日本国内から追い出す必要があるわけです。じっさいのところ、アメリカと一戦交えるぐらいの覚悟がなければ、中立という選択肢はえらべないでしょう。
 そのメリット、デメリットを計ってみれば、この事で中立を守るためにアメリカと交戦するのがはたして得策かどうか。この本では北朝鮮から自力で自国を守らなければならなくなることが強調されてましたが、そんなことはむしろ小さなことで、自由貿易を守れるかどうかなどより大きい問題が山積することになるとおもいます。
 確かにブッシュが間違っているというのは正しいとは思いますが、「純情まっすぐ」に正しいことをしていればいいわけではないと思うわけです。
 となると、現在の国際社会で自由貿易を確保しながら日本がうまくやっていくには、やはりアングロ・サクソンの国家とうまくやっていく処世術を発揮していかないといけないでしょう。
 小林よしのりは小泉首相が消極的に追従するでもなく、積極的に真っ先に賛同を示したことを批判しているのかもしれませんが、処世術でもって考える場合、賛成できない相手に仕方なく追従する場合でも、しぶしぶという顔で後から仕方なく莫大なカネを出したりするよりも、最初に威勢よく賛同の意志をしめしておいて後からたいした協力をしない態度を示したほうが、より少ないリスクで上手い世渡りができるんだ……という考え方もあると思います。
 このへんのところは、どう世渡りするのが賢いかの選択なんで、正しいか間違いかの問題ではないですが……。

 それに、世界じゅうで侵略と虐殺と植民地化(搾取)をくり返してきたアングロ・サクソンの残虐性の理由を、狩猟や牧畜など肉食をおこなってきた民族のDNAのせいだと決めつけていますが、そんな単純なことではないでしょう。狩猟や牧畜を主に行っていた民族でもアングロ・サクソンのように残虐でない民族なんていくらでもいます。
 アングロ・サクソンの残虐性の理由を探るには、キリスト教を中心として彼らの文化を深く研究しなければいけないでしょう。敵に勝とうと思ったら、まずより深く敵を知ることです。この本を読むとそこをすべてDNAのせいにして思考停止していると思います。というか、読者が思考停止するように書かれてると思います。

 ところで、ぼくがこの本を読んでもっともおもしろいと思い、考えさせられたのは次のことです。
 イラク戦争におけるアメリカの目的がイラクに親米政権をつくることであり、第二次大戦の日本をモデルとしたものであったことに小林よしのりはたいへん怒っているようです。
 たしかに東京大空襲や2つの原子爆弾の投下をはじめとする第二次大戦でのアメリカの行いは、ヒトラーを凌駕する残虐行為・戦争犯罪として後世の歴史家はみるだろうとぼくも思っています。(とくに長崎の原爆なんて、ウランを使った原爆のほかに、プルトニウムによる原爆も使ってみたいという理由だけで、あれだけの人間を殺戮したんですから)
 だから、戦後の日本人がそれにもかかわらずアメリカに良い印象をもっているのは、アメリカによる洗脳が行われたとみる理由もよくわかります。
 でも、この本を読んでいて、はたしてあれは本当にアメリカによる洗脳だったのかと、ぼくは疑問に思ったのです。
 つまり、イラクにおける現状を見るにつけ、アメリカにそんな洗脳を行う能力があるのかと疑問に思うわけです。もしアメリカによる戦勝した相手への洗脳という行為があったとしたら、アメリカがそれに成功したのは日本だけだったのではないでしょうか。
 というより、日本以外でこれほど成功していない例をみれば、アメリカにはそんな洗脳をする能力はもともと無いのではないか。むしろ日本で洗脳に成功したと思うことのほうが誤解ではないかと思うのです。
 だとすれば、いったいなぜ日本は戦後、これほど親米的になったのでしょうか。
 そこに興味をもったので、少しおもいつくことを書いてみることにします。

 日本は戦後、なぜこれほど親米的になったのか。
 まず考えられる第一の理由は、たしかにアメリカのやり方は残虐ではあったが、それでもおつりがくるほどに、負けて都合がいい相手だったということです。
 日本の明治以後、日清・日露戦争の頃から第二次大戦までの日本の軍事行動の理由はロシア(ソ連)のアジア侵略に対抗するという、ほぼその一点で説明できます。
 当時のロシア(ソ連)の脅威はけっして臆病者の幻想ではありませんでした。じっさい同じようにロシアに苦しめられた東欧の国々ではロシア艦隊を打ち破った東郷平八郎は英雄として有名であり、ビールの銘柄などにもなっているほどです。また、当時、世界中のどこの国とも条約を結ばなかったイギリスが日本と日英同盟を結んだのは、ロシアのアジア侵略の意図があきらかだったために、イギリスがアジアにおける自国の植民地を守るため、日本に援助することによって日本にロシアのアジア侵略を食い止めさせようとして結んだものであったことはあきらかです。
 日韓併合は李氏朝鮮に事大主義によりみずからすすんでロシアの属国になろうとする動きが見られたために、このままでは朝鮮半島がロシアの植民地になることは確実に思われ、それでは日本が守りきれないと判断したから行われたものだし、満州に傀儡政権をたてたのもロシアに備えてのことです。
 台湾もふくめて、これらの日本の行動は西欧が行ったいわゆる植民地政策、搾取のための植民地を求めたものではなく、日本一国だけではロシアから国を守りきれないので、周辺の地域を支配し近代化させることによってロシアから日本を守ろうという政策だったことはあきらかです。ロシアはそれほど日本にとって脅威であり、それに対抗することは当時の日本にとってそれほどまでに重圧だったわけです。
 しかし第二次大戦に負けたことにより、日本は対ロシア(ソ連)の軍備という重い荷物をすべてアメリカに押しつけることができました。それ以後は朝鮮戦争もベトナム戦争もアメリカが戦い、米ソは何十年もの冷戦に入ります。しかし、もし日本があの時点でアメリカに負けておかなかったら、あれらの戦争のかなりの部分は日本が行わなければならなかった軍事行動だったはずです。
 しかし、うまい時にアメリカに負け、国際情勢のわからないアメリカ人が「平和憲法」なんていう都合のいいものを押しつけてくれたおかげで、日本は対ソの軍事をすべてアメリカに肩がわりさせることに成功しました。「平和憲法」を言い訳にすることで、一部の負担すらほとんどせずにすみ、経済活動にのみ専念することができました。(といっても、いくらなんでももう現在は「平和憲法」を言い訳にしつづけるべきじゃない状況だとは思いますけど)
 小林よしのりは対北朝鮮から日本を守ることぐらい自国の軍事力で行う気概を見せるべきだという考えのようですが、確かに現在の日本が対北朝鮮に備えるのなら同感もできますが、あの時代に対ソの軍備をあの当時の日本が一国で行うのはどれほどの重圧だったかを考えると、やはりあの時点ですべてをアメリカに押しつけられたことはうまかったとおもいます。そして、その後、対ソの戦闘でどれだけ日本人の血が流されなければならなかったかを想像すると、たしかにアメリカは酷い事もしたが、負けておいてたいへん都合のいい相手だったとも思っても当然だと思うのです。
 また、日本が戦後、飛躍的な経済成長をとげることができた理由も、アメリカに負けたために、なぜか自由貿易が確保されたことにあります。資源のない日本にとって自由貿易こそが生命線であり、第二次大戦前はこの自由貿易を守るために日本は必死の努力を積み重ねてきて、しかしそれがうまくいかなかったために戦争に至ったわけです。が、アメリカに負けたおかげで、かえって自由貿易が確保される結果になりました。これは事実上の戦争目的の達成です。
 そして、小林よしのりも書いていますが、もう一つの大きな戦争目的、アジア地域のほぼ全域を植民地としていた白人たちをアジアから追い出し、アジア各国を独立させるという目的も、日本は戦争に負けることによって達成しました。大東亜戦争というのは、負けたはずの日本のほうがすべての戦争目的を達成したという不思議な戦争です。
 このように、負けたことによって重大な被害をこうむるというよりは、むしろアメリカが主体となって自由貿易を確保し、対ソの戦いも肩がわりをしてくれ、なんだか全部日本の都合のいいように動いていった。アメリカっていうのは、なんだかすごく都合のいい相手だな……という思いが日本人から生まれても当然でしょう。
 しかし、それだけであれだけのアメリカの残虐行為を許し、すべて戦前の軍部が悪かったと洗脳されるのか、という疑問は残ります。
 そこでぼくは思うのですが、これは確証はなにもない、ただの想像なんですが、そのような洗脳を日本人に行ったのは実はアメリカではなく、日本の左翼だったのではないでしょうか。
 柄谷行人の『倫理21』を読むと、戦時中思想犯として牢獄に入れられていた左翼が戦後になって出てきて、右翼系も転向者もこの人たちを批判できないため、そのような左翼が大学や言論界で絶大な権力を握り、大きな弊害をたれ流しにする結果になったことが書かれています。戦後の世論をつくるのに大きな影響力をもったのはこういった左翼なのではないでしょうか。
 日本の左翼は戦前の右翼をことさら敵視し、その右翼と敵対する者を誰彼かまわずに味方だと思う性質をもっています。とすれば、この人々が戦前の右翼こそ「悪」であり、その右翼を倒したアメリカを「善」とする価値観をたれ流したことも充分に考えられると思うのです。
 まだ、ちゃんと調べてもいない、思いつきの段階なんですが……。

 と、批判的な感想の部分を書いてしまいましたが、基本的には良い本でした。日本の近現代史について知りたいかたには、へんな先入観をもたずに一読をおすすめします。
posted by aruka at 20:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月02日

ポーと乱歩 2

●群衆がオガクズの眼でにらんでる 歴史が終った町に生まれて


 前回、ポーと乱歩の違いの部分だけを説明したところで終えてしまったので、今回はこの二人の共通点のことを書いてみます。

 前回、乱歩の小説の主人公となるのは、たいがい都市でほとんど仕事もせずにぶらぶら生きているような「遊民」と呼ばれた人たちだと書きました。この「遊民」という人々が初めて小説で描かれたのはポーの「群衆の人」だと言われています。
 この「遊民」と呼ばれる人々は、とくに定職をもたずに都市をぶらぶらしている人のことであり、いまでいうニートなどに近いのかもしれません。
 ぼくは東京で生まれたこともあり、あるいはそうでない人でも都市部で生まれた人はたいがい同じだと思いますが、都会の雑踏というのを当然のものとして育ちました。つまり、町を歩けば次々と沢山の人々とすれ違い、そのほぼ全員が知らない人である、という状況が当たり前のこととして育ったわけです。
 しかし、考えてみればこういう状況は人類の歴史上ごく最近になってあらわれた現象であることがわかります。
 つまり、日本人のほとんどが山あいの小さな村で農業をやって暮らしていた頃は、道を歩いていてすれ違う顔というのは全員が知人であったわけです。もし知らない人とすれ違ったとしたら、そっちのほうが特殊な事であり、つまり彼は「よそ者」であるということになります。
 先に書いたような状況があらわれるのは、農村部からたくさんの人々が都市に流入してきて、都市が巨大化した時だということがわかります。しかし、そうであっても人間の移動が徒歩などに頼ってきた頃は、人々は近所を行き来するだけで生活していたはずですから、近所どうしで見知った顔が生まれ、やはりすれ違うそのほぼ全員が知らない人という状況にはならないでしょう。
 となると、そういった状況が生まれるのは都市部に交通網が整備され、都市内での移動が盛んになってきた時代ということができそうです。
 そして、そうなった時代、雑踏を形成する人々が互いに互いを知らないことが当たり前になった時代に、雑踏のなかに隠れて都市をうろつきまわる、誰からも見られていながら、誰からも知られていない人々が「遊民」です。
 こういった「遊民」と呼ばれる人々はポーの小説が書かれるすこし前くらいから、最初はパリで登場し、ガス灯の登場によって夜も都市をうろつきまわっていたようです。そもそもあちらでは階級制度が無くなってたわけでもないので、働かなくても食っていくには困らなかった人はけっこういたわけですね。そういった人々が都市を徘徊しはじめたようです。
 ポーはその「遊民」を真っ先に小説化し、「モルグ街」という架空の都市でおきた殺人事件を描いて、ミステリーというジャンルを創始しました。互いに知らない人々がすれちがって暮らしている「都市」という場を描いた作家だったのですね。
 そして乱歩もまた、そんな都会の雑踏を母胎として生まれる物語を描いた作家なんだと思います。
 この二人が共通しているのは、そして乱歩がそこまでポーに惚れ込んで自分のペンネームに使用したのは、そんなところだったんじゃないでしょうか。
posted by aruka at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

江戸川乱歩とエドガー・アラン・ポー

 前回『アッシャー家の崩壊』が話に出ましたので、少しポーの話をします。

 江戸川乱歩という作家がいまして、たぶん好きな人は多いと思います。有栖川有栖の本でしたか、およそミステリに興味をもつ人に江戸川乱歩を勧めてみて、つまらなかったと言われたおぼえがない……と書かれているのを読んだおぼえがあって、なるほどそうだろうなと思いました。
 さて、ご存知のように「江戸川乱歩」というペンネームは「エドガー・アラン・ポー」をもじったものなのです。それで、たいがい乱歩で味をしめた人間は、それを知ると、じゃあ……っていうんでポーを読んでみたという人も多いんじゃないかと思います。もちろんぼくもその一人です。
 けれども、あれっと思うんですね。何か違うぞ……と。期待したようではないんです。
 そんなふうに感じたのはぼくだけかと思ったら、話を聞いてみるとけっこう同じことを感じた人は多いようです。
 乱歩で味をしめた人間は、例えば夢野久作などに読みすすめていけば、抵抗なく読んでいけると思います。けれど、ポーはちょっと違うのですね。おもしろさのポイントというのが、乱歩と夢野久作はわりと似ていて、ポーは少し違うと思うわけです。
 もちろん乱歩もポーも好きだという人はいると思いますが、乱歩だけが、あるいはポーだけが好きという人もいると思います。ぼくはいまでは両方好きなのですが、読者に乱歩と同列にしてポーを勧めるような文章を書く書評家というのは信用できないような気がしています。
 しかし、そんなに違うのかというと、やはり似ている部分もあるわけです。
 それについて、すこし思ったことを書いてみます。

 乱歩のおもしろさというのは、「物語り」のおもしろさにあると思います。語られるストーリーのおもしろさです。主人公となるのは、たいがい都市でほとんど仕事もせずにぶらぶら生きているような「遊民」と呼ばれた人たちです。いまでいうニートなどに近いかもしれません。彼が奇妙なことを始める、例えば屋根裏を散歩してみたり……、あるいは奇妙な人物と出会う……というところから話がはじまって、次にどうなったか、次にどうなったかと語られていくわけです。
 最初何の気なしに乱歩を読みはじめると、その奇妙な物語に引きこまれ、次がどうなるのか知りたくなって、読むのが止まらなくなっていくのです。ぼくはそんなふに乱歩を読みましたし、そうなるように書かれています。
 いっぽうポーはどうなんでしょうか。
 ぼくがハッキリと違うな、と思ったのをおぼえてるのは『赤死病の仮面』という短編です。有名な短編なんでご存知のかたも多いと思います。
 舞台となるのはある大きな館です。当時、赤死病という空気感染する伝染病が大流行していて、それを逃れた人々が館のなかにこもって、そこでパーティーを開くんですね。
 ぼくが最初に読んだときは子供だったんでわからなかったんですが、この「赤死病」とは当然「黒死病(ペスト)」のもじりです。じっさいヨーロッパでペストが大流行した際には、当時の貴族たちが大きな館にこもって病人が近づかないようにしたということがあったわけです。空気感染するので、近寄られるとそれだけで伝染する可能性があるので、近寄られないように壁に囲まれた館のなかにこもるわけですね。といってもずっと室内にこもっていたのでは息がつまるということで、そのころ庭園(周囲を壁で囲まれた中庭)というものが発達したりしたんですね。たいてい中央に水盤があり、周囲を散策用の遊歩道が囲む、果樹が植えられた庭園なんですが。
 さて、『赤死病の仮面』は、小説がはじまってからずっとその館の様子を描写していくわけです。いくつも部屋があり、一つ一つの部屋が一つの色で統一されていると。つまり黄色い部屋があり、青い部屋があり……というかんじで。
 特徴的なのは、小説が始まっても物語が始まらないということです。物語の舞台となる場所の描写だけがえんえんと続いていきます。
 そしてそれだけ念入りに館が説明されるのだから、これからそこを舞台にすごい話が始まるのかと思っていると、ストーリーは始まったとたん、すぐに終わってしまいます。この『赤死病の仮面』はポーのなかでも短めの短編なんですね。
 これで「あれっ?」と思ったわけです。乱歩のようなものを期待していると、なかなか話が始まらない。でも、そのうち始まるだろうと半分ガマンして読んでいくと、物語は始まったとたんに終わり。いったい何だったんだろうと思うわけです。乱歩のように次はどうなるんだろう……と期待しながら読んでいく部分がないわけです。
 そして、そう思っただけで終わったら、たぶんその人は乱歩は好きでもポーは好きでない人になるんだと思います。
 けれど、読みおわった後で、ストーリーではなく、あの念入りに描写された館という舞台そのものが何かを語っていたような気がしてくる人もいると思います。そうかんじてきたら、たぶんポーの魅力に気づいてきたということなんだと思います。

 舞台となる場所の念入りな描写というのはゴシック小説の特徴なのですね。
 ゴシック小説に影響を与えたといわれている本にバークの『崇高と美の起源』(1757) という本があって、日常を超えたような壮大な風景、奇景に美を見出すという美学について書かれた本です。そういった超絶的な場面を微細に描写するというのがゴシック小説の見せ場の一つなわけです。
 例えばゴシック小説である『フランケンシュタイン』の原作(1818年)は北極の描写から入ります。いまでは北極といえばテレビで見た映像など思い浮かべるかもしれませんが、当時であれば人が踏み込めない極限の地であり、普通の人が見ることもできない奇景です。そういう奇景に崇高な美を見るところにゴシック小説の魅力の一つがあるわけです。
 ポーもゴシック小説の流れをひく作家であり、つまり『赤死病の仮面』の冒頭の館の描写がえんえんと続く場面は、ストーリーが始まらないのではなく、その奇妙な館そのものを楽しむ場面なわけです。
 けれども、ふつうゴシック小説というのは長編、それも大長編である場合が多いのですが、ポーは短編作家です。そこにポーのゴシック作家としての特徴があります。
 そしてポーはボードレールをとおして象徴主義に影響を与えていくわけですね。そういう要素がポーにはあるということです。
 つまり『赤死病の仮面』の館は、たんなるゴシック小説的な崇高の美だけではなく、象徴的な意味も表現している気がするのです。
 こういう場所とか建築、事物などが象徴的になにかを語っていくというところにポーの魅力があるとぼくは思うわけです。

 ドビュッシーが『ペレアスとメリザンド』の後に『アッシャー家の崩壊』のオペラ化を計画したというのも、そういう意味で興味がひかれました。
 『ペレアスとメリザンド』も象徴主義の演劇ですが、どうもぼくは『アッシャー家の崩壊』のほうにより深い象徴性をかんじるもので。


●尖塔は世界の高さを証明し眺める世界の広さをしるす
posted by aruka at 21:31| Comment(0) | TrackBack(1) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月25日

ベルサイユのばら

●薔薇のないこんな架空の人生できみに出会った日をおぼえてる


 きのうに続いて、ブックオフでのマンガ本の話ですが、最近ブックオフに一冊105円で文庫本版の『ベルサイユのばら』が全巻揃っているのをみかけて、つい買ってきて読んでしまいました。
 ぼくには姉がいるので小学校の低学年の頃に姉から借りて読んだことがあります。そのときはおもしろいとおもったのですが、果たしていま読んでどう感じるのかという興味があったのです。が、予想外におもしろかったです。前半は「こんなものか」という印象もあったんですが、後半に入りフランス革命と人間関係のドラマが同時進行で盛り上がっていくところはすごい迫力で読ませました。
 同時におもしろいとおもったのは、このマンガが描かれた時代というのが刻印されている気がしたことです。もう一、二年早く連載が始まっていたら、あるいは一、二年遅かったら、このようなマンガにはならなかったんじゃないかという気がしました。
 というのはこのマンガ、前半と後半ではリアリティのレベルが違うのです。それは長期連載によくあるような、連載途中で作者の技量がレベルアップして変わっていったということとは違うような気がするのです。具体的にいえば、前半はかなり昔の少女マンガ、「白馬にのった王子様」が本当に出現してしまうような、ほとんどリアリティの感じられない夢物語のタッチで描かれています。手塚治虫の『リボンの騎士』とか、あのへんの感じです。フランス革命の志士が「黒騎士」などと名乗って黒覆面をかぶってカッコよく登場するあたり、いかにも……のノリです。が、後半の盛り上がるところはぐっとリアルなタッチで描かれています。
 この『ベルサイユのばら』の連載中に萩尾望都とか竹宮恵子とか大島弓子とか、あのへんの世代が次々にデビューして少女マンガのリアリティを一気に押し上げたのですね。『ベルサイユのばら』も後半はこのときの少女マンガのリアリティのレベルの変化に対応し、影響を受け、描きかたを変えたため、前半よりずっとリアルなタッチで描かれているのではないでしょうか。
 そして思うことは、後半のフランス革命や人間関係のドラマは、このレベルアップしたリアリティで描かれてこそおもしろいということです。前半のタッチで後半が描かれていたら、それほどおもしろくなかったとおもいます。けれど男装の女性が軍隊で連隊長をしているというオスカルというキャラは、あきらかに前半の、昔の少女マンガの世界の住人なんですね。はじめから後半のようなリアリティのレベルで描かれていたら、たぶんこんなキャラは出さなかったでしょう。
 作者の池田理代子は『ベルサイユのばら』をあまり気に入ってないという話を聞いたことがありますが、その気持ちもわかる気がします。たぶんこのマンガはマリー・アントワネットを描こうとしたものだと思うのですが、マリー・アントワネットはうまく描かれてはいません。とくに前半、フェルゼンとの恋愛のドラマの描写も不充分だと思いますし、だいたい当時の読者がはたしてマリー・アントワネットのような境遇のキャラに感情移入できたのかという根本的な疑問もあります。このマンガの主人公が結果的にオスカルになってしまったかんじなのも、それなりに必然性があったと思います。
 たぶん、作者はいまなら、少なくとも『ベルサイユのばら』を書き終えた時点の力で書き始められたのなら、もっときちんとマリー・アントワネットの物語を描き出せたのに、という思いはあると思います。
 けれども、女性でありながら男装して、しかも仕事をもって社会進出しているというオスカルのキャラは、当時の少女たちの感情移入を誘うわけですね。当時は女性の社会進出はまだまだの時代ですから、男装という変身願望を満足させながら、社会進出して責任ある地位についているオスカルは、当時の少女たちがあこがれる要素をふんだんにもっているわけです。
 そして、このオスカルというキャラを魅力的に描けた理由はなぜかと考えると、やはり前半と後半でリアリティのレベルが違うことだと思います。前半のリアリティのない世界観のなかでこのようなリアリティのないキャラを創造し、その後で後半ではリアリティのあるタッチでその心理・内面のドラマを描くという、一種のはなれわざが出来たのでオスカルというキャラが魅力的に描けたのではないでしょうか。
 つまり、『ベルサイユのばら』が、そしてオスカルというキャラが魅力的になるためには、連載途中のちょうどいいタイミングで、少女マンガのリアリティのレベルが変化する必要があったのです。つまり、『ベルサイユのばら』があのような作品になるためには、連載途中のあのへんの時点で少女マンガのリアリティのレベルが変化する、ちょうどあの時点に連載が開始される必要があったのだと思います。
posted by aruka at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。