2007年11月08日

福島正実『未踏の時代』を読んだ

 ブックオフで安く売っていたので、『未踏の時代』という本を買ってきて読みました。SFマガジンの初代編集長だった福島正実による、日本のSF黎明期からSFマガジンを編集しつづけた時代のことを書いた本です。
 それなりに興味深い点はあったのですが、なんだか期待と違うかんじがしながら読みました。といっても、それはぼくが勝手に期待していたことであり、それと違うからといってこの本に批判されるべき点などないはずで、勝手に期待したぼくのほうがわるいわけですが、それでもぼくが期待と違うとおもった点を書きます。
 それはファンへの視線がないという点です。
 たぶんSFというのはジャンル小説のなかでも、とくに固定ファンが多いジャンルじゃないかとおもいます。SFマガジンを創刊後数年で黒字に転じさせたのは、たぶん当時の固定ファンの増加によるところが大きかったんじゃないかと想像します。ぼくはその当時のSFファンたちがどんな作品にどんなふうに熱狂し、SFに何を求めていたのかが読みたかったのです。
 しかし、この本では当時のSFに無理解なジャーナリズムと福島正実がいかに論争し、SFを社会的に認知させようと闘ったのかは詳しく書かれているのですが、固定ファンへの視線がありません。むしろ、SFとは一部のマニアックなファンの読み物であると思われないために、もっと広い読者層に開かれていかなければならないとする立場で書かれています。たしかにそれは編集者というものの正しい在り方・意見なのかもしれません。でも、正直いうとぼくが読みたかったのは、むしろ福島正実がマニアックな一部の読者と呼んだところのSFファンの視線のほうであり、そのファンの視線にSFマガジンがどう応えてきたかのほうでした。
 こんなふうにかんじるのは、ぼくがオタク文化はなやかな現代に生きているからなんでしょうか。時代や世代の差というものなんでしょうか。
 以前、古本屋でアメリカのSFの古いアンソロジー(ヒューゴー賞などをとった作品を集めたもの)を買って読んだことがありまして、そこについていたアイザック・アシモフの前書きはいいものだったとおもいます。
 最初のSF大会というものがアメリカで開かれたときのことが書かれていました。そうすると、アメリカ各地から、ほんとに地方のど田舎みたいなところから、SFファンが集まってきたんだそうです。彼らは周囲に大好きなSFのことを語れる友人などなく、かえってSFが好きなどというとみんなからバカにされるので、隠れて読んでいたようなファンたちで、それがSF大会に行けば大好きなSFのことを共に語れる人々と出会えるはずだとおもって、それぞれ苦労しながら遠い道のりをやってきたのだそうです。
 なんだか当時のSFファンたちはそんなふうにして自分が愛する夢をつないでいたんだなとおもうと、なかなか感動的なエピソードでありました。
 ぼくはそんなふうなエピソードが読めるのかと期待してしまったわけです。もちろん勝手に期待したぼくのほうがわるいわけですが。
 その他、もっとこういうところを書いてほしかったと思う点はあるのですが、あまりないものねだりをする気にならないのは、この本が未完であり、作者の福島正実はこの本の執筆中に死去したらしいからです。どんな理由かはわかりませんが、巻末の著者欄に「1976年没」とだけ書いてありました。1929年生ということなんで、50歳にもならずに亡くなったようです。激務の編集の仕事で命をすり減らしてしまったんでしょうね。
posted by aruka at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 本、小説、マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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