2007年11月04日

短歌って息ぬきじゃないの?

 なんていうか、最近、短歌に熱い情熱とやらをもっているらしい様々な人の意見を読むことになって、ぼくはすっかり嫌気がさしてきてしまいました。
 ぼくは短歌っていうのは短いから、ほんの息ぬきていどの気持ちで書いたり読んだりできるものって気持ちではじめて、それ以来、基本的にはそのていどのもののつもりで細々とつづけてきましたが、それじゃあいけないんでしょうかね。
 売れたいとか有名になりたいとかおもうなら、もっとメジャーなジャンルを選んだほうがずっと近道なわけで、短歌みたいな短い形式のいい所って、息抜きとかかるい気持ちでできるとこにあると思うのですが。
 たぶん短歌をやる主な人たちって、なにか創作をしたいけど、長い小説などを書くほどの力はない青少年がとりあえず一行で作れるものとして選ぶか、あるいは別の職業をもってて心に余裕のある大人が、本業のあいまに息抜きとして趣味でなにかを書きたいんだけど、創作にそんなに時間をかけることはできないから短歌か俳句でもってかんじで選ぶか、そんなところだとおもうし、それでいいんじゃないかと思うんですけど。
 それで、ほんのときどき大歌人みたいな人が出てくるだけで、たとえば二十世紀でいえば前半に斎藤茂吉がいて、後半に塚本邦雄がいて、その周辺に数人の特徴的な活躍をした歌人がいて、それくらいでいいんじゃないでしょうか。
 そんなに立身出世めざしてやるものでも、大声を張り上げて熱く意見を闘わせたりってものでもないとおもうんですけど。

 ぼくはこのブログにいろいろ意見を書いてきましたけど、それは短歌とか日本の詩ってものをいままで読んできたことがなかったぼくが、あまりにも未知なジャンルなんで、こういうものか? いや、こうではないのか? と試行錯誤してきた過程を書いたもので、基本的にひとり言です。もし熱い意見だとおもわれていたら嫌だな。
 そりゃあ未知なものを調べていくのは個人的に大好きなもので、それはそれでおもしろがって熱中していた部分もあるわけですけど、それだけっていえばそれだけで、もともと好きだった歴史の理解に役だったあたりが儲けものっていうぐらいのかんじです。
 今後短歌を続けていくとしても、ぼくはやはり息抜きでできるからっていう理由で続けるだけでしょうね。あきたらいつでもやめるとおもうし。
 でも、短歌ってそういうものでいいんじゃないんでしょうかね。
posted by aruka at 10:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 短歌、詩など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おそらく歌人とは熱心な短歌真理教信者なのでしょう。だからあんなに粘着質な方もいるのでしょう。故に一般的な世間の感覚からはずれてる人もいるのでしょう。
Posted by 無記名 at 2007年11月04日 21:26
熱い情熱とやらをたやすく口ばしる人間ほど、実は底が浅くて内容がないということはよくあることだとおもう。
私は自分の情熱や意見を、自分の作品というかたちで示すのではなく、他人のブログに批判コメントを書き込むことで示そうとする人間を信用しません。

Posted by あえて匿名 at 2007年11月05日 17:30
お山の大将。その周囲にひしめく、余所者を蹴落として村の中で認めたがられる実社会では無名の歌人さんたち。一時でもそんなのを目指して結社方面に高い金払い続けていたのは他ならぬ私。
短歌やってて実生活で役に立ったってのは、ほんの一握りじゃないでしょうかね。若い頃はあこがれたんだけどなぁ。
Posted by 歌人失格 at 2007年11月06日 19:02
誰だって、若い頃は、自分が崇高な目標に向かって情熱をもっている特別な人間であるようにカンチガイしてしまう時期ってあると思うな。
でも、それはガキの錯覚でね。そんな鼻ッパシラが折れてからがほんとうだとおもう。
短歌なんてふつう読者からみれば、そんなにおもしろいものじゃないし、作っている人しか読まないっていうのは、それが理由でしょう。
どこかでそう割り切って趣味として続けるもんなんじゃないかな。
Posted by 元青年 at 2007年11月07日 10:32
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